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戦国野望  作者: 丸に九枚笹
第四章
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第四章 58話 武田家と帰ってきた信濃

1553年10月3日


三国同盟締結から二日後、俺たちはまだ小田原にいる。

今日、二人の父親の強い願いで、小田原で婚姻の式を簡略にだが行うことになったのだ。

義信殿と姉の式でもある。

春殿はここにいるのは当たり前だが、俺の姉と、武田家の見殿も来ているらしい。


と言っても、ただの宴だ。


また氏政殿に絡まれたらいやだなと思いながら、俺は特に服もいつものまま、今日は呼ばれている備前、肥後

陸奥、近江、下総、左衛門尉、伊豆、長門、大蔵、又左を連れて、最初に幻庵殿に連れられて行った屋敷に歩いて行った。一応、三郎兵衛は八善屋に残しておいた。晴信殿と会ったら気まずいかなと思って。


着くとすでに義信殿は来ていた。


義信「信輝殿、今日はたくさん連れているな。」


信輝「はい。私の優秀な家臣たちです。」


義信「噂は聞いているぞ。中尾城の戦いや、山崎の戦いで活躍したのだろう?」


信輝「よくご存じで。」


義信「結構噂になって広がっていたからな。信輝殿はやることが派手だからな。」


そう言って笑った。


信輝「義信殿は戦は?」


義信「伊奈の平定戦に参加したけど、信輝殿のような感じではなかったよ。座って見ていただけだった。いつか供に戦場に行けたらいいな。」


信輝「はい。どこへでも駆けつけますのでお呼びください!」


義信「私も信輝殿のためなら援軍に参るぞ。」



話していると、三人の当主が来て、もう始まるらしい。


氏政殿は欠席のようだ。いいのか?


まあ俺としては助かったが。



そして、あまり例にないが、花嫁たちもお披露目になった。


見殿も春殿も綺麗でよかった。


と言ってもまだ見殿は8歳だ。将来美人になるだろうな。

どことなく義信殿に似ている。

よかった。母親似で。


春殿は16歳、こちらも可愛くて美人。よかった氏政殿に似ていなくて。

母親が違うって話だもんな。こちらも母親に似たんだろう。

氏康殿の正室って今川家からだったか。政略結婚だろうな。

氏康殿が春殿を可愛がったのは、その母親が余程綺麗な人だったんだろう。

よかった。母親似で。



とりあえず安心。そして期待。



後は、義信殿と、義信殿の家臣たちと、俺の近臣衆と、たまに晴信殿と、氏康殿と話したりして過ごした。


夜は、俺は八善屋に戻り、見殿は晴信殿のところへ、春殿は氏康殿のところへ帰って行った。



あとここにきて思ったんだけど、本当の三国同盟なくなったら、桶狭間の戦いなくなるんじゃないか?

どうなるんだろ?



1553年10月5日


この日やっと小田原を出て大峰に向かうことになった。

今までの上州経由ではなく、今回は甲斐を通り、甲斐府中の躑躅ヶ崎館で一泊し、龍岡城で一泊、上田城で一泊し大峰に帰ることになった。



甲斐までは、武田、大峰の兵に守られ、晴信殿と父上が馬を並べて話しながらだったので、俺も義信殿と馬を並べて話して進んで行った。父上と晴信殿も意気が合ったらしい。そういえば、信繁殿と伊勢叔父も仲良さそうに話していたな。

武田家とは上手くやっていけそうだ。


見殿と春殿も輿に乗って一緒に進んでいる。実はまだ二人とはほとんど話していない。宴の時に軽く挨拶をした程度だ。話すのは大峰に帰ってからだな。



躑躅ヶ崎に着き、また宴会があり、武田家と大峰家はまたさらに打ち解けた。



1553年10月6日


翌日の朝、武田家の皆さんに見送られ、出発した大峰家の行列は、韮崎を通り、八ヶ岳を抜けて、ついに信濃に入った。

国境までは、龍岡城の黒田掃部叔父が、兵とともに迎えに来てくれていた。

そこにはまだ龍岡城にいた武蔵守信政も来ていた。


黒田家の兵たちと龍岡城に向かって進みだした。


父上は伊勢叔父と掃部叔父と話している。



信政「兄上、お帰りなさいませ!」


武蔵が馬を寄せて来た。


信輝「おう、武蔵。久しいな。見違えたな。昔は小さくてひ弱に見たが。」


信政「いつのお話ですか!もう私も13です。それより、色々とおめでとうございます。武衛様におなりになったと。それにご婚姻も。」


信輝「ありがとう。武蔵も従五位上を頂いたんだろ?おめでとう。結婚もおめでとう。それから、上杉憲政様は残念だったな。」


信政「はい。妻が悲しまないか。」


信輝「竹殿だったか?おいくつだ?」


信政「はい、10です。」


信輝「そうか。俺の屋敷に供に遊びに来たらいい。なんだかたくさん人がいるぞ。」


信政「ハハハ、そうですね。そうさせて頂きます。兄上の屋敷と私の屋敷は近いので頻繁にお邪魔しようと思います。」


信輝「そうしてくれ。そして助けてくれ。」


信政「皆で楽しくできたらいいですね。」


信輝「楽しみにしている。」



とは言ったけど、どうなんだろ?大奥みたいになったら困る。

まあ、そうならないように俺が頑張ろう。そして皆に理解してもらって、俺の屋敷では皆で楽しく暮らすことをモットーにしよう!帰ったら皆に聞いてもらおう。

備前と肥後と陸奥にも来てもらおう。そういえばこの三人も近江も下総も嫁もらってないよな。どうするんだろ?

帰ったら父上に聞いてみよう。



その日は龍岡城に入った。

めちゃ立派な城じゃん。よく建てたね。

水堀も石垣もある。三年前に上田城建てるときは最初石垣苦労したもんな。

それで悩んだ結果、穴太衆に依頼したのがよかった。今では穴太衆も家臣として雇っている。

この龍岡城も、上田城も、松本城も、大峰城も、石垣は穴太衆にお願いしている。

龍岡城には天守はないが、小櫓を建てている。

規模もそこまで大きくはないが、昔の大峰館よりは少し大きい。

大峰家も大きくなったんだなと実感した。



よく考えたら結構すごいよな。

領地も大きくなって、商売は上手くいってるし、軍備も充実してるし。

足利義輝様に烏帽子親になってもらって偏諱もらって元服して、官位も従四位下、右兵衛督だし、天下五剣の二振りも持ってるし、正室は足利家からで側室は武田家、北条家、真田家、上泉家、井伊家からだ。

弟は関東管領になろうとしてるし。

この十年順調。一回ゲームオーバー覚悟したけど。



そんなことを色々考えながら、次の日は上田城に泊まった。



明日はいよいよ大峰城だ。


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