第四章 56話 姫たちと父
1553年9月30日
夜、 小田原の八善屋に備後が訪ねて来た。
そのまま大部屋へ案内してもらった。
室賀備後「若、お久しゅうございます。ご立派になられて。ご息災そうで何よりです。」
信輝「ああ、備後も達者で何よりだ。父上か?」
室賀備後「はい。お呼びです。お供致します。おそらく泊まりになるかと。備前、お主たちはこのままここで待機しておれ。」
備前「ハッ。」
備後に連れられて父上に用意された家老屋敷の当てがわれた父上の部屋に来た。
途中、備後と京を出てからここまでの話をした。船酔いのことを言うと、若でも苦手なものもあるのですなと大笑いしていた。
室賀備後「殿、戻りました。」
信秀「入れ。」
室賀備後「失礼します。若をご案内しました。」
信秀「夜分遅くにすまなかったな。色々と手配も助かった。礼を言うぞ。本日は下がって休んでくれ。明日も頼むぞ。」
室賀備後「はい。お気遣いありがとうございます。では、失礼致します。」
信秀「おう、久しぶりだな。武衛になったと聞いたぞ。おめでとう。」
信輝「はい。ありがとうございます。父上もおめでとうございます。」
信秀「ああ、聞いているか。わざわざ勧修寺殿が大峰に参られた。民部大輔には慣れ親しんでいたのだがな、右京大夫になった。お主と同じ位階だそうだな。ちょっと高すぎるような気もするが。」
そう言って父上は笑った。
信秀「さて、今回の話は聞いたな?」
信輝「はい。」
信秀「現状においては最善の選択だと思う。側室の話はお主に黙って進めたことは悪かったが。」
信輝「いえ、私は問題ありません。父上の決めたことに従います。」
信秀「そうか。まあ姫たちには優しくしてやれ。いくら姫たちが自分で望んでいたこととはいえ、他国に来るのだ。」
信輝「望んだこととは?」
信秀「聞いたのではないのか?今回の姫たちにはそれぞれ親が決めた相手がおったのだ。北条の春殿は今川義元殿の子息、氏真殿。武田の見殿は武田親族の穴山信君殿。だが、北条の春殿も、武田の見殿も、お主の噂を聞いてお主を慕っていたらしい。それを噂で聞いたそれぞれの親が、我が子可愛さに動いたということだ。」
信輝「そうなのですか?そこまで聞いておりませんでした。」
信秀「北条殿は最初、お主を値踏みするつもりで会ってみたらしい。そして気に入ったと。その話を使者から聞いた武田殿もそれで決めたのだそうだ。そして、それぞれの使者が、わしの所にきた。それならとわしが三国同盟の話を持ち出したわけだ。」
信輝「そうなのですか。それも聞いておりませんでした。」
信秀「と、いうことだからな。いきなり六人はちと多いような気もするが、それぞれの実家との繋がりのためだ。上手くやってくれ。」
信輝「六人?」
信秀「六人だ。違うか?」
信輝「六人ですか?」
信秀「まず足利義輝殿の妹、詩殿。今回の二人、北条氏康殿の娘、春殿、武田晴信殿の娘、見殿。」
信輝「はい。」
信秀「あとは、佳殿、愛殿、直殿だ。」
信輝「はい?」
信秀「ん?弾正の娘、佳殿と、壱岐の娘、愛殿。井伊の娘、直殿だ。」
信輝「井伊の直殿とは?」
信秀「井伊直親と一緒にお主が送って来た井伊直盛殿の娘だろう?」
信輝「そのような者おりましたか?井伊では、直親と次郎法師を家臣としたはずですが。あっ、そういうことですか。どのように聞いておられますか?」
信秀「違うのか?わしは、大峰に参られた直盛殿から直接、お主が見染めたため、側室として送って来たとしか聞いておらんぞ?」
信輝「それで?」
信秀「お主が見染めたならと許した。」
信輝「そんな。」
信秀「違ったか?」
信輝「いえ、私は家臣にと言っていたので許したのですが、確かに姫の格好をして、父親が送って来て、そう仰ったらそう思いますな。諦めます。」
信秀「そうか。それは悪いことをしたな。すまぬ。」
信輝「いえ、父上は全く悪くありません。」
信秀「そうか。まあ有力な家との結び付きは損にはならん。それに、父親として、それぞれが娘の幸せを願って、考え、行動した結果だ。誰もがお主を認めておる。」
信輝「はい。ありがとうございます。」
信秀「大変だがとにかく頑張ってくれ。少し飲むか。公方様の所で少しは覚えたのだろう?」
信輝「はい。頂きます。」
その後、父上と翌日の打ち合わせをしながら少しだけ飲み、部屋を用意してもらって、その家老屋敷で休んだ。




