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潜入捜査

 透き通るような蒼天を白き天馬の牽く馬車が翔け抜ける。

 聖天界へ続く道は成層圏に近い場所にあるのだが、神の加護を受けたこの天馬を介してしか到達できない。

「まったく……いったいどうやってあの施設から脱走できたんだ。あそこは本来、伝説の魔法少女である如月あやめを監視、管理するために造られた難攻不落の要塞だぞ」

 ――おまえがあそこから出てこなきゃこんな厄介事に巻き込まれなくて済んだのにな。

 馬車の中でふんぞりかえりながらイチゾウがぼやく。外面をいっさい考えないその横柄な態度はもはや完全に開き直っていた。

「冗談きついわあ。私に言わせれば、あそこのセキュリティはガタガタよ。変身中限定だけど、あの程度の施設なら百回投獄されても百回脱獄して戻ってくる自信があるわ。あやめさんたちは驚いてたけど、もしかして私って舐められてるのかしら」

 ――冗談がきついのはそちらのほうだ。イチゾウは大きく肩をすくめる。

 舐めるどころか最大級の評価をしている。世界有数の実力を持つと認めた魔法少女のみに与えられる <ジャンヌ・ダルクの剣> の称号がその証拠だ。

 そもそも普通の魔法少女なら、話を訊くのにわざわざあの尋問室まで連行したりはしない。あそこは桁外れに強力な魔力を持つ危険人物を孤立させ、魔法を使用不能にすることにより抵抗力を低下させて自供を引き出しやすくすることを目的として造られたものだ。ひよりという魔法少女を最大限に警戒したうえでの処置だといって過言ではない。

 ――しかし、それでもなお過小評価だったというのか。

 イチゾウは身震いする。とんでもない疫病神にしがみつかれたという思いもあるが、それ以上に桜桃ひよりという魔法少女の底知れないない才能に感動もしていた。

「君を失うことを惜しむゼロムの気持ちが、ようやく俺にも少しだけ理解できたかもしれん」

 生来の気性から職務怠慢と批判されることもあるイチゾウだが、それでも多くの魔法少女と共に戦ってきた魔法生物としての性がこう思わせる。

 これほどの才能を失うのは聖天界の損失である――と。

「いいだろう、君の無罪を証明することに協力しよう。ただし、血生臭い話はNGだ。聖天界は清浄なる楽園だ。もしも穢すようなことがあれば神への背信行為として厳しく処罰されることになるぞ」

「その件につきましては前向きに善処いたします」

「政治家かよ!」

 自分のことを政治家のように言っておきながら手前もそれかよとイチゾウが吐き捨てるも、ひよりはどこ吹く風と言わんばかりにまったく意に介さない。

「まあいい、おまえにかけた変身魔法の持続時間は約三時間。実際にはもっと短いと思ったほうがいい。それまでにザファエル議長を探して問い質してこい」

「もしもザファエルがクロだった場合は? あなたから特に提案がない場合は、私の好きにさせてもらうけど」

「おまえに渡したドレスには盗聴機能がついている。議長が自白したらそれを証拠に糾弾して議員辞職から逮捕までもっていってやるよ」

「ザファエル派のあなたにそれができるの?」

「ザファエル派だからできるんだよ。醜く議長の席にしがみつくあのご老体には、そろそろご隠居いただきたいと思っていたところだ」

「あなたも悪い犬ねえ」

 そう言うとイチゾウが希望通りの邪悪な笑みを浮かべたので、ひよりも同じく悪い笑みを浮かべてみせる。利害関係の一致は下手な奇麗事よりよほど信用できた。

「うちらの世界の警察は権力者にやたら甘いけど、そこのところは大丈夫?」

「少なくとも君が心配しているようなことはありえないね。聖天界はその警察と司法機関こそが事実上の最大権力者だからな」

 誰かを咎め裁くことが大好きな天使らしいとひよりは思ったが、誇らしげに語るイチゾウの気分を害してはならぬと思い口には出さなかった。


 イチゾウとの取引からしばらくの時を経て、ひよりたちを乗せた馬車は、見上げてもその全容が確認できないほど巨大な門の前へと到着した。

 人間界と聖天界を繋ぐ門『ヘブンズ・ゲート』。ひよりが見るのはこれが二度目だ。

「聖天界評議員のイチゾウだ。新しい魔法少女をスカウトしてきたので門を開けてくれ」

 どういう仕組みなのかはまるでわからないが、イチゾウの声に反応してその重厚な扉はゆっくりと開かれていく。

 人間界で魔法生物に見初められた魔法少女は、その資質を見定めるために必ず聖天界にて綿密な検査が行われる。それを利用して聖域に侵入しようというのが今回の作戦だ。

 ちなみにひよりの外見はイチゾウの変身魔法でまったくの別人に変えられている。要望通りのモデル体型で概ね満足だが、もう少し小顔のほうが良かったかもしれないと言うと贅沢を抜かすなと怒られた。

 果たして作戦はあっさりと上手くいった。

 ひよりの眼前に広がるのは中世ヨーロッパを思わせるきらびやかで美しい宮殿の数々。これらを見ると聖天界に着たんだという実感が湧く。

 もちろん建築物が中世のものだからといって文明レベル自体が低いわけではない。ゼロム曰く、ありとあらゆる生命活動の補助を魔法によって賄うため利便性の高い施設が不要とのこと。前時代的な街並みは、かつての人間社会に憧れた有志たちの手により長年の月日をかけて整備されたそうだ。

「手続きが終わったぞ。係りの者が来るからそいつに従ってくれ」

 ひよりが聖天界の景観に感嘆していると、きついくせ毛をしたやたらと目つきの悪い女性が面倒くさそうに声をかけてきた。

「あの、どちらさまでしょうか?」

「イチゾウだ。俺の本当の顔を知らんのか」

 ひよりは驚いた。聖天界では魔法生物は天使に戻るということは知っていたが、今までイチゾウのことを男だと決めつけていたからだ。

「女なのになんでイチゾウなんて名前なのよ」

「 <イチゾー> は古代聖天語で『一輪の花のように可憐な』という意味だぞ。男につける馬鹿がどこにいる」

 目の前にいるけばけばしい女性が花のように可憐かどうかは甚だ疑わしいところだが、とりあえず女性であることには違いないようだ。

「こうやって見ると、本当にただの人間よね。天使なんだから翼でもあればそれらしいのに」

「ある者もいるぞ。魔法の発達により不要と判断して自ら捨てた者が多いがな」

 訊けば天使は魔力を使えば大抵のことができるらしい。飛ぶことさえ満足にできないひよりには羨ましい話だ。

「あなたたちって本当に万能よね。もしかして魔法少女なんて要らないんじゃないの?」

「神聖で崇高なる我らに、汚らしい下界で汗水たらして戦えと? けっ、冗談じゃない」

 高慢ちきな話しかたにむかついたひよりが軽くヘッドロックを仕掛けると、イチゾウはそれ以上はよくないとあっさり根をあげた。

「ご覧の通り、我らは万能だが戦闘能力という一点においてはおまえらに大きく劣るわけだ。独力じゃ強力な魔人には到底太刀打ちできんよ」

「つまり私たちは、あなたたちにとって都合のいい武器ってわけね」

「人聞きの悪いことを言うな。両者合意の上でのことだしちゃんと給料も払っている」

「さっちんも、あなたにとってはただの武器にすぎなかったの?」

 イチゾウは沈黙するがひよりは構わず続ける。

「私に脅迫されてからここに来るまで、結局あなたは一度もさっちんの名前を出さなかった。教えてイチゾウ、仕事上のドライな関係だというのは理解してるけど、それでも長年いっしょにやってきたパートナーじゃない。あなたはさっちんのこと、ホントにまったく何とも思っていないの?」

 ひよりの厳しい追求に、しかしイチゾウは沈黙を破らない。

 やがて、ただでさえ目つきの悪い眼をいっそう鋭く細めて睨みつけるようにこちらを見ると、意を決したように「そうだ」ときっぱり答えた。

「俺と芭蕉さちえはビジネスパートナーだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「……」

「だが、短い時間とはいえ同じ釜の飯を食った仲だ。まったく何とも思っていないというわけでもない。おまえのように仇をとりたいなどとはまるで思わんが、そうだな……犯人の顔と名前、犯行の動機ぐらいは知りたいかな」

 ――その程度でも想ってくれているのなら十分よ。

 それからしばらくして、遅れてしまって申し訳ないとやってきた聖天界の役員に連れられて、ひよりは調査施設のある建物へと向かった。

 調査施設に向かう最中、今までどこか険しかったひよりの顔がようやく少し緩んでいた。


 調査施設に到着したひよりは、施設の係員から魔力測定検査のためにロビーで少し待つように言いつけられた。

 もちろん今さら検査してもらっても困るひよりはそそくさと施設を抜け出して、イチゾウからもらった地図を頼りにザファエル邸へと向かう。

 それにしても待ち受けロビーの混みようはあいかわらずだ。それだけ魔法少女に憧れる夢見がちな少女が多いということだが、実際なってみればすぐに大方の少女の想像以上にきついブラック企業であると気付くことになる。生半可な覚悟と才能でやれる仕事ではない。先ほどロビーに居た少女のうち、一割が残れば良いほうだろう。

 ――さっちんはそれを努力と根性で補ってきたのよ。

 魔法少女としての才覚乏しいさちえが、悪の組織の怪人と互角に戦えるようになるまで裏でどれほど血の滲む努力をしてきたのか、ひよりには想像すらつかない。

 ただひとつ言えることは、そんなさちえの生命を奪ったのが敵ならまだしもよりにもよって身内だとしたら、ひよりはそいつを決して許さないということだ。イチゾウには血生臭いことはしないと誓ったし今のところはそれを破る気もないが、犯人を目の前にして自分を抑えられる自信は正直なかった。

「血が出ない程度なら折檻オッケーよね」

 とにかく赤い色が外気に晒されなければ神さまも許してくれるに違いない。ひよりが約束を破らずに犯人を効果的に苦しめる方法をあれこれ模索していると、気付けば地図に示されたザファエル邸の前まで辿り着いていた。

「でっかーい」

 とにかくでかい。無駄にでかい。ひよりの最初の感想はそれだった。

 その正体は聖天界に入界したときに最初に眼に映った宮殿である。こんなにでかいなら地図など不要だったかもしれないと彼女はしきりに感心する。

「聖天界でもお偉いさんになるとこうも違うのね」

 これはイチゾウが出世したがる理由もわかるわぁとひよりが茶化すと、盗聴器でその声を拾っている本人から無駄口を叩くなと叱られる。通信機能付きとはなかなか便利なドレスだ。

「ところでこの宮殿、見るかぎりセキュリティのセの字もなさそうだけど、勝手に入っちゃっていいわけ?」

『いいわけないだろ。まさかと思うが敷地内に無断侵入していないだろうな』

 ――敷地内っていったいどこからどこまでよ。

 言いかけたそのとき、警備員と思しき天使たちがひよりを取り囲む。どうやらイチゾウに訊くまでもないようだ。

「新米の魔法少女か。猥らに聖天界をうろついてはいけないと聞いていないのか。貴様の担当責任者の名前を言え」

 そういうことはあらかじめ教えておいて欲しいとひよりは思う。

 不手際は事実なので「イチゾウさんです」と答えてやろうかと思ったが、彼女の立場が悪くなるとこちらも困るので適当にごまかす。

「あたしぃ、魔法少女に憧れて聖天界までやってきたんですけどー、受け付けがひどくこんでたからーちょっと観光でもしよっかなぁなんて思ってぇ。こんな立派な宮殿なんてアニメやマンガでしか見たことないから、もっと近くで見たいなぁーなんて思っただけなんですぅ」

 さちえ直伝のアホの子戦術だ。その効果は自らの身でもって思い知っている。

 しかし聖天界の住民にはまったく通用しないらしく、まるで汚物でも見るかのような冷たい眼で見られた。これにはさすがのひよりも軽く傷つく。

「地上を這い回るウジ虫が。貴様がうろつくだけで、この美しい聖天界が穢れるということを理解しろ。わかったならさっさと出て行け」

 ――んーっ、これはマジカル☆折檻のお時間ですね。

 こう見えてもよく怪人を実験台にしているので折檻は手慣れている。血が出ない程度に痛めつけて全員まとめてどこかに吊るそう。

 愛と勇気と希望の魔法少女らしからぬ邪な考えを実行に移そうとした、ちょうどその時。

「これ、訪問者に無礼はいかんぞ」

 しわがれた声に一喝されると、今までやたらと態度の悪かった警備員たちが一斉に整列して敬礼する。

「彼女はわしの客人だ。丁重にもてなしなさい」

 背中に大きな翼を生やし、長い髭をたくわえた中肉中背の老人は、果たしてひよりの予想していた通りの人物だった。

「わしの名前はザファエル。この宮殿の主です。こんなところで立ち話もなんですので中にお入りください」

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