逃亡と死
イチデンの王都から逃亡の身となったバスタークとルキは、とある洞穴に潜んでいた。
敵の追跡は厳しく、しかも味方はもういない。
悲願の王にはなれた。だが、それはほんの一時であった。
ルキは、岩から滴り落ちる水滴を布袋に集め、岩に横になっていたバスタークに手渡す。
「すまぬ」
彼は一息で飲み干した。
バスタークは暗く沈んだ表情をしており、最近は気の落ち込みも激しいようであった。
もうずっと、「すまない」とかいった言葉のみしか聞いていない。
「いえ、わたくしこそ、陛下に許しを乞わねばなりません。わたくしがもっとしっかりしておれば……」
ルキは膝を地面に付き、思わず涙をこぼす。無礼であるとは知りつつも、抑えようがなかった。
バスタークはふっと力なく笑った。
「いや、お前のせいではない。むしろ短い時であっても、王になれたのはお前達『影の王宮』の皆のおかげだ」
「滅相も……!!」
しばらく、そこに滞在した。
周囲ではおそらく追っ手の兵達がうろうろしているはずだった。
前、潜伏していた時に村人に密告され、かろうじて逃げ延びたところだったのだ。だが、周りを険しい崖に囲まれ、唯一の出入り口には密告された村がある。
「時を稼ぐしかありませぬ。時が来たら、捲土重来を……」
ルキはこっそり洞穴を抜け食料を探しては、バスタークに与えた。
数日が過ぎた。
バスタークはじっと身動きしないまま、黙り込むようになった。
「バスターク様」
ルキは心を痛めながら、食事を持ってきた。
川でサナという魚を採って、焼いたものである。香ばしい匂いが洞穴内に充満する。
「ほら、おいしいですよ」
ルキは努めて明るく振舞った。
バスタークはサナが刺さった串を手に持ち、無言で口に運んだ。
表情は無感動であった。
熱々のサナの肉は、口の中で簡単にほどける。ルキはそのおいしさに本当に感動しつつも、自身の主君の事を思うと、気が沈む。
それからさらに日が経った。
バスタークは立ち上がった。
「バスターク様?」
ルキは寝床から起きる。
まだ、夜明け前であった。
バスタークが、こんなに早く起きるのは珍しい事だった。
「ルキ」
彼は彼女の方を見た。
ルキは涙を抑えながら「はい」と応じる。久々に名前を呼ばれたのだ。
「コハはどうした?」
「え」
「コハだ。奴は今どこにいる?」
ルキは思わず口元を押さえ、震えた。
コハは、ジャイルとメローラの暗殺の任で命を落としている。
「コ、コハなら、陛下の命を果たさんと……」
「そうか、何を命じたかな……」
バスタークはよろよろと歩き出した。
それから、しばらくして戻ってくると、
「コハには可哀想な事をした」
と言ってきた。
こうして、正気とそうでないものの間をずっと行き来し続け、さらに3日が経過した頃であった。
夕方の事であった。
バスタークは食事を終えると、「うまかった」と言って立ち上がった。
「陛下、どちらに」
「なに、ちょっと厠へな」
「お気をつけて」
バスタークは微笑んで、洞穴の外に出て行った。
いつまで経っても戻らないので、ルキは見に行く事にした。
不安を覚えながらも、走った。
いた。
バスタークは川の近くの野原に横になっていた。
手には短剣が握られていた。
「バスターク様!!」
ルキは絶叫した。
駆け寄り、彼の身体を抱える。
顔は青白く、反応が無かった。
「バスターク様!!どうか、どうか、お返事を……!!」
ルキは号泣しながら、しばらく抱きすくめていた……。
土を盛り、その上に石を立てた。
短剣で一晩掛けて、文字を刻んだ。
「イチデンの真の王、ここに眠る」と。
何時間も膝をついて、手を合わせていた。
いったい最期に、何を想いになり、自ら死を選ばれたのであろう。
どれ程、ご無念であったろう。
「陛下、仇は必ず」
ルキは静かに決意した。
ゆっくりと立ち上がり、一礼して、走り去る。
目的地は1つであった。




