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騒乱事件

 2週間もの間、軍勢をナツルの王都ナタラールを前にして待機させていた間、何も無かったという訳ではない。

 ザイターが捕えられたとの知らせが入ったのだ。

 彼は、とある洞穴で身を潜めていたのだが、発見された時さして抵抗はしなかったという。

 だが、バスタークやその部下ルキの行方は知れなかった。

 ザイター曰く、イチデンの王都ドルレスから「撤退」した際分かれたというのである。

 恐らくは、ザイターの事を足手纏いとでも思ったのだろうか。

 ザイターが少々哀れに思われた。これは勝者の余裕の表れであったろうか。

 彼を炊きつけたプリズルは先程恥知らずな降伏願いを送ってきたばかりである。

 だが、いくら恥知らずとはいえ、その決断の速さはなかなか強かではある。戦端を開いてからでは遅いかもしれないが、今ならば温情をかけるべきとの意見も出てくるであろう。

 事実ジャイル自身も、プリズルの処遇に困った。王族の助命は充分に考えていたが、当の国王をどうするか?

 メローラは殺したがっている。それも王だけに留まらぬ様だ。

 だがジャイルは、もしかすれば所領安堵とはいかなくとも、どこかに預からせて助命するとも考えている。

 さすがに王殺しは憚られる思いがあった。

 これは、他国の代表との話し合いを待つしかなかった。

 

 

 だが、驚愕の事件が発生した。

 兼ねてより、メローラの私兵達の動きを観察させていた密偵が報告に来なかった。

 疑念を感じていると、別の兵からの話で、メローラが密かに兵達を王都ナタラールに忍び込ませたというのである。中にいた仲間によって誰もが目に止めぬ小さな扉を開け、そこから大勢侵入したのだ。

 これは複数の密偵からの報告を擦り合わせたものによる推測だが、メローラはイチデン軍が行軍を続けている間に、私兵を放ち、王都に潜り込ませていた。王都が篭城を開始すると中にいた者達が動く手はずだったのだ。

 ジャイルはさすがにメローラを呼び寄せ糾した。

「勝手な事をするな」

 彼は語気強く言った。

「お前の魂胆は分かっている。内から突き崩そうというのであろう」

 メローラは噴出すように笑い出した。

「それもある」

 ジャイルは溜息をつく。

「まさか、王都を兵に荒らせ、激発させようというのではあるまいな」

「そのまさかよ」

 メローラは腕組みをして微笑んだ。

「奴らの中でも末端には、ロウニルトの実を与えてあるわ。実に精神を蝕まれ、狂人となった彼らはいい働きをしてくれるでしょうね」

 ジャイルは思わず唸る。

「お前という奴は、人面獣心だ」

 ここまでするとは。

「何と言われても構わない。でも、そんなあたしを利用してナツルを切り取ろうなんて、そちらも大したもんよ」

 メローラはそっけなく言った。


 メローラの私兵達は王都内において、夜半屋敷や商店を襲撃し、火付け強盗を繰り返した。その騒ぎはと炎の影は王都の外で取り囲む、イチデン軍にも見聞こえた。

 それがやがて、人々の恐慌を煽り、各所で暴徒が発生した。

 ナツル軍はその鎮圧に苦慮し、それらをそもそも仕組んだのがメローラだと知るのは、もう少し後であった。

 結果として、全体的な激発には至らなかった。

 それはニーラー・トモニという諸侯が兵をよく指揮し、的確にかつ冷静沈着に対処した為であり、同胞の諸豪族を押さえ込む事にもある程度成功した。

 だが、ショウナという豪族が屋敷を襲撃され、激怒し、兵を率いて王都外に出た。

 もはや、彼を抑える者すらいなかったのである。

 だが、大軍に抗しえるはずもない。

 瞬く間に、ショウナは討ち取られ、ショウナ兵は共に討ち死にしたり、散り散りとなったりした。

 これは、怒りだけでなく、恐慌状態がもたらしたものでもあろう。


 


 ナツルの王女サーシャ姫と共に囚われている、元親衛騎士のマズルは、メローラとの面会を望むも、長く得られなかった。

 彼は、かつての王家に武力蜂起し、簒奪に及んだプリズルに従い、メローラを捕えた。メローラは助けを求めていたのに、彼はプリズルに差し出したのだ。それはむしろ彼女の命を助けたいが為であったが、プリズルの嘘に彼も騙されていたのだ。 

 その逃れがたい罪の意識が、彼にそうさせていた。

「メローラ姫に謁見を求める!メローラ姫にどうか謁見の機を!」

 鉄格子を掴み、必死に叫び続ける。

「お諦めください」

 侍女のキャスが見かねた様に言っても、彼は構わず叫び続けた。

「父上は」

 隣の牢のサーシャ姫は膝を抱えながら言った。

「父上は、人として大切なものを持っていない気がします。いえ、持っていないのです。父上は平然と嘘を並べ立て、演技をします。父上は生み出してはならない怪物を生み出したのです」

「お言葉ですが、陛下は姫様を含めた一族皆の助命を願われました。王国の存亡の為に背に腹は変えられませぬし、致し方ございません」

 サーシャの侍女のスレスは涙ながらに言う。

「父上も、メローラ姫も、怪物です!」

 サーシャは声を震わせた。

 確かに、プリズルはずっと『演技』をしていた。それは非常に巧みであった。彼はもしかすると生まれついて、人の情を演技でしか表せぬ男かもしれない。一種の怪物だ。だが今のメローラも怪物といえるであろう。彼女のみぞ知る事であるが、彼女の場合は生まれついてではない可能性が高いのだが。

 では、果たしてどちらがより怪物なのであろうか。

 彼らの胸にその疑問がついて離れなかった。

 特に、その2人の内1人を生み出すに力を貸したともいえるマズルにとっては非常に深刻な問題であった。

 どう責任を果たすか、であった。


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