第1章:弾けない炭酸と、最初の嘘
「……うん、やっぱりちょっと痛いね」
それが、アオイが口にした最初の嘘だった。
二十歳の夏。夕立が上がったばかりの重い湿気の中、大学の古びた美術サークル棟の裏手にある非常階段の踊り場で、僕たちは一つの缶レモンソーダを分け合っていた。錆びついた鉄の踏み板は雨に濡れて黒光りし、遠くのグラウンドからは部活動の掛け声が、水を含んだ空気に遮られて低く籠もって聞こえる。
アオイは小さな喉を鳴らしてそれを一口すすると、すぐに薄い唇をすぼめ、困ったように眉をひそめて笑った。
「炭酸、強すぎた?」
僕が尋ねると、アオイは缶を僕に突き出し、
「ううん、ハルの告白がちょっと酸っぱすぎただけ」
と、からかうように、どこか僕の感傷を突き放すような冷たいトーンで言った。
その一時間前、僕は部室の片隅で、イーゼルに向かう彼女の背中に向かって、自分でも驚くほどまとまりのない言葉で気持ちを伝えたのだった。不器用極まりない僕の告白に、彼女は驚く風でもなく、「じゃあ、雨が上がったら冷たいものでも奢ってよ」とだけ言って、この階段へ僕を連れ出した。
僕たちの距離は、そのレモンソーダの泡のように軽やかで、どこか非現実的なほど瑞々しく始まったように見えた――いや、そう見ようとしていたのは、僕の側だけだったのだと、今の僕は吐き気を覚えるほどの自己嫌悪と共に思い知っている。当時の僕は、目の前の少女の輪郭を、自分の都合の良い「綺麗な絵コンテ」の中に押し込めて満足していた。
アオイはサークル内でも少し目立つ存在だった。特別に社交的というわけではない。ただ、彼女がいつもキャンバスに塗る「青」の鮮やかさと、その傍らに必ず置かれている青いラベルの炭酸水のボトルが、彼女という存在をどこか浮世離れした、涼しげな少女として印象付けていた。
絵を描く合間に、彼女はこまめに炭酸水を口に含んでいた。炭酸が喉を弾けるたびに、彼女は小さく吐息を漏らす。僕はその姿を、夏の陽射しに映えるお洒落なアイコンか何かのように勝手に解釈し、ただ遠くからロマンチックに陶酔していた。その泡が、彼女にとってどんな意味を持っていたかも知らずに。
「ハルはさ、なんで私の絵が良いって言ってくれたの?」
アオイは、階段の手すりに顎を乗せ、まだ水たまりの残るアスファルトを見下ろしながら呟いた。手すりを握る彼女の指先は、結露した缶の冷たさとは明らかに違う理由で、白くなるほど強く強張っていた。
「なんでって……他の人の青とは、全然違うから。アオイの描く空や海は、冷たいのに、すごく生々しい。見てると、喉が渇くんだ」
嘘偽りのない本音だった。彼女の描く青には、どこか鋭利な、見る者の肌を引っ掻くような強烈な熱量があった。
アオイはしばらく黙っていたが、やがて僕の方を振り返ると、悪戯っぽく、だけど明らかに引き攣った笑みを浮かべた。その唇の端には、僕の視線からは決して見えない位置に、小さな、赤黒い口内炎の裂け目があった。
「私の心臓、人よりちょっと早く動いちゃうんだよね。だからかな」
「何それ、情熱的ってこと?」
「そう。だから、あんまり退屈な絵は描けないの。時間、もったいないし」
そう言って笑う彼女の横顔を、僕は眩しいものを見るように見つめていた。その言葉の裏にある、本当の意味など、何一つ想像もせずに。
彼女がいつも持ち歩いていた炭酸水は、僕が思っていたような「若者の瑞々しい嗜好品」などでは断じてなかった。それは、彼女の身体を蝕む病の苦痛と、大量の処方薬がもたらす猛烈な口内炎の激痛、そして何を食べても砂を噛むような金属の味がするという味覚の異常を、炭酸の強い刺激で強制的に麻痺させるための、文字通りの「武装」だったのだ。
可哀想な病人として同情され、腫れ物のように扱われることを、アオイのプライドは激しく拒絶していた。だから彼女は、僕の前で「普通の、健康な二十歳の女の子」のフリをし続けるために、あの痛みを伴う泡を、平気な顔をして、僕のロマンチシズムを笑い飛ばしながら飲み干していたのだった。
「ほら、ハルも飲まないと温くなっちゃうよ」
手渡された缶の飲み口に、ほんの微かに、見落としてしまうほど小さな、ピンク色の滲みがあった。口内炎からの出血だということすら、僕は気づかなかった。
僕は彼女から受け取った温い缶を口に含み、炭酸の心地よい刺激を感じながら、この穏やかな時間がずっと続くのだと、何の疑いもなく信じ込んでいた。自分の無知を何一つ恥じることもない、ひどく蒸し暑い、二十歳の夏の夕暮れのことだった。




