嫌われ社長
社長が倒れたのは、コーヒーを飲んだ直後だった。
最初は、誰もそれを“倒れた”とは思っていなかった。
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「……またですか?」
誰かが小さく笑った。
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社長はコーヒーを一口飲んで、顔をしかめる。
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「温度が違うな」
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いつもの調子だった。
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営業の佐藤が、コーヒーメーカーの方を見る。
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「これ、ちょっと臭いんですよね」
ポケットからスプレーを取り出す。
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「やめてくださいよ、それ」
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「周りだけですって」
軽く吹く。
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「水、いつ替えました?」
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誰も答えない。
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「……あれ、社長しか触ってないですよね」
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その直後だった。
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社長の手が、机についたまま止まる。
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「……社長?」
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反応がない。
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「おい、ちょっと」
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近づいた誰かが顔色を見る。
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「……なんか、おかしくないか」
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その一言で、空気が変わった。
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力が抜ける。
そのまま崩れるように倒れた。
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鈍い音がした。
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「おい、待て」
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誰も笑っていなかった。
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「呼吸してるか?」
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「救急車、呼べ!」
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誰かが叫ぶ。
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その後は、誰も余計なことをしなかった。
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床に落ちたコーヒーカップから、黒い液体がゆっくり広がっていく。
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後で、検査で異常な成分反応が出たと聞いた。
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でも、そのコーヒーにそんなものを入れた覚えは、誰にもない。




