封じられた記憶──月の巫女と千四百年の真実
砕け散った窓ガラスが床へ降り注ぐ。
シャンデリアの光を反射しながら、無数の破片が宝石のように輝いた。
しかし、その美しさを楽しむ余裕など誰にもない。
ホストクラブ『ルクシオン』の空気は凍りついていた。
ビルの向こう。
闇の中に立つJ。
その姿を見た瞬間、PrinceTAIの胸の奥で黒金色の力が激しく脈打った。
「J……!」
低く唸るような声が漏れる。
Jは笑った。
その笑みは不気味で、どこか懐かしかった。
まるで昔から知っている相手を見るような笑み。
「久しぶりだな」
Jが呟く。
「厩戸皇子」
その呼び方に、PrinceTAIの頭の奥が再び疼いた。
ズキン――
断片的な映像が流れ込む。
月夜。
巨大な神殿。
燃え上がる炎。
そして。
誰かと剣を交える自分。
だが顔までは見えない。
「くっ……」
PrinceTAIは頭を押さえた。
咲が駆け寄る。
「Prince!」
「大丈夫だ……」
そう言いながらも呼吸は荒い。
記憶が戻りかけている。
だが何かが邪魔をしている。
その時だった。
月姫が前へ出る。
「思い出してはいけません」
「え?」
咲が目を見開く。
月姫は静かに続けた。
「無理に思い出せば、封印された力まで暴走します」
Jが笑う。
「相変わらずだな、月姫」
「お前はいつも邪魔をする」
月姫の表情が険しくなる。
その様子を見て、麗が眉をひそめた。
「知り合いなのか?」
「ええ」
月姫は頷く。
「私たちは千四百年前から知っています」
店内が静まり返る。
そして月姫は語り始めた。
千四百年前。
世界には『月の巫女』と呼ばれる一族がいた。
月の力を宿し、世界の均衡を保つ存在。
その中でも特別な力を持つ少女がいた。
それが――月姫だった。
「私は最後の王女でした」
静かな声。
だがその言葉には長い年月の重みがあった。
「そして咲は、その血を受け継ぐ最後の末裔です」
咲が息を呑む。
「私が……?」
「そうです」
月姫は優しく微笑んだ。
「あなたの中には、歴代の月の巫女たちの力が眠っています」
咲は言葉を失う。
普通の高校生だと思っていた。
突然戦いに巻き込まれたと思っていた。
だが違った。
最初から運命の中にいたのだ。
その事実が胸を締め付ける。
「じゃあ……私の家族は?」
月姫の瞳が悲しげに揺れた。
「守るために隠されたのです」
「Jから」
Jは不快そうに舌打ちした。
「余計なことを」
その瞬間。
闇が膨れ上がる。
黒い霧がビル全体を覆い始めた。
空気が重い。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
「まずい!」
麗が叫ぶ。
「この気配……今までと違う!」
Jはゆっくり両腕を広げる。
『千四百年前』
『俺は敗れた』
『だが今度は違う』
黒い霧の中から巨大な影が現れた。
まるで怪物。
人の形をしているのに、人ではない。
その姿を見た瞬間。
PrinceTAIの脳裏に記憶が閃いた。
巨大な戦場。
無数の兵士。
倒れていく人々。
そして。
自分の隣に立つ青年。
同じ理想を語り合った親友。
だが最後には――
敵となった男。
「まさか……」
PrinceTAIの顔色が変わる。
Jが笑う。
『ようやく思い出したか』
『俺はお前の最大の敵ではない』
『かつての親友だ』
店内に衝撃が走る。
咲も麗も言葉を失う。
Jはさらに続けた。
『お前は俺を裏切った』
『だから俺は世界を壊すことにした』
『それだけの話だ』
黒い霧がさらに広がる。
窓の外の景色が飲み込まれていく。
そして。
その時。
麗が小さく呟いた。
「……やっぱりか」
全員が振り返る。
麗の表情は今まで見たことがないほど真剣だった。
「俺も隠してたことがある」
「麗……?」
咲が目を見開く。
麗は静かに拳を握る。
「実は俺――」
そこで言葉を切った。
何かを決意するように目を閉じる。
そして。
ゆっくりと顔を上げた。
「俺も千四百年前から生きてる」
その瞬間。
店内の空気が完全に止まった。
PrinceTAIも。
咲も。
月姫でさえ驚きを隠せない。
麗は苦笑した。
「だからさ」
「俺も全部知ってるんだよ」
「この戦いの始まりを」
そして。
夜空の向こうで雷鳴が轟いた。
千四百年前の真実。
月の巫女。
Jとの因縁。
そして麗の秘密。
すべてが少しずつ繋がり始める――。




