月姫の来訪──千四百年越しの約束
戦いから三日後。
久しぶりに平穏な朝が訪れていた。
歌舞伎町の中心にあるホストクラブ『ルクシオン』。
豪華なシャンデリア。
磨き上げられた大理石。
煌びやかな空間の中心で、PrinceTAIは営業前の準備をしていた。
「いやぁ〜、久々に平和だなぁ」
麗がソファへ寝転がる。
「お前な……」
PrinceTAIは呆れたように笑う。
この数週間。
Jとの戦い。
刺客との激突。
咲の覚醒。
色々ありすぎた。
だからこそ。
今の穏やかな時間が少しだけ嬉しかった。
その時だった。
店の扉が開いた。
カラン――
小さな音。
だが。
なぜかその音が異様に大きく聞こえた。
PrinceTAIは自然と顔を上げる。
そこにいたのは――
ひとりの女性だった。
長い黒髪。
雪のように白い肌。
真っ白なワンピース。
まるで月明かりが人の姿になったような美しさ。
店内にいた全員が思わず目を奪われる。
女性は真っ直ぐPrinceTAIを見る。
その瞳はどこか懐かしかった。
そして。
静かに微笑んだ。
「やっと……見つけました」
その瞬間だった。
ズキンッ――!!
激痛。
頭の奥を何かが貫いた。
「っ……!!」
PrinceTAIは思わず膝をつく。
「TAI!?」
麗が飛び起きる。
視界が揺れる。
店が消える。
代わりに見えたのは――
巨大な宮殿。
燃え盛る炎。
崩れ落ちる柱。
泣いている少女。
月の光のような髪。
震える手。
そして。
若き日の自分。
聖徳太子。
いや――
厩戸皇子。
少女へ向かって言う。
『必ず迎えに行く』
『何年経っても忘れない』
『だから待っていてくれ』
そこで記憶は途切れた。
「はぁ……はぁ……」
PrinceTAIは荒い息を吐く。
女性がゆっくり近付く。
「思い出しましたか?」
「……誰だ」
女性は悲しそうに微笑んだ。
「忘れてしまったのですね」
「あなたは約束したのに」
店内の空気が凍り付く。
麗も言葉を失う。
女性は静かに告げた。
「私の名前は月姫」
「あなたが前世で救えなかった人間です」
沈黙。
誰も声を出せなかった。
しかし。
さらに衝撃だったのは次の言葉だった。
「そして――」
月姫は振り返る。
店の入り口。
そこに立っていた咲を見る。
「その子は」
「あなたが思っている存在ではありません」
咲の表情が固まる。
PrinceTAIも息を呑む。
「どういう意味だ」
月姫の瞳が月のように輝く。
「咲の出生には秘密があります」
「そして、その秘密こそが」
「Jが彼女を狙う理由です」
咲の顔から血の気が引く。
「私……?」
「ええ」
月姫は静かに頷いた。
「あなたは人間ではありません」
店内の空気が完全に凍り付いた。
麗も。
PrinceTAIも。
誰も言葉を失う。
だが。
月姫はさらに衝撃的な一言を口にする。
「咲は――」
「月の巫女の最後の生き残りです」
その瞬間。
店の窓ガラスが突然砕け散った。
バリーーーン!!
強烈な黒い衝撃波。
店内へ吹き込む闇。
そして。
聞き覚えのある声。
『ようやく見つけたぞ』
『月姫』
『そして月の巫女』
窓の向こう。
ビルの屋上に立つ黒い影。
Jだった。
彼は不気味な笑みを浮かべる。
『さあ始めよう』
『千四百年前の続きを』
PrinceTAIの瞳が黒金色に輝く。
咲を守るように前へ出る。
そして静かに告げた。
「……絶対に渡さない」
月姫は月明かりのような瞳でPrinceTAIを見る。
「ええ」
「今度こそ、守ってください」
夜が再び動き始める。
千四百年前に始まった物語が。
ついに真実へ向かって動き出そうとしていた――。




