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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
4.答え合わせ
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4-1 僕の最初のミス

4-1 僕の最初のミス


 お人好しというか危機感がないのだろうと呆れる。でもその悪い意味での大らかさに僕は救われていた。

 僕とエレノアはダイニングで向き合って座っていた。目の前にはダーンエイの紅茶が入ったカップがそれぞれ一つずつ。今回はクッキーは無しだ。

「最初からって……具体的にはいつから気づいてたんだい?」

 正直に今の気持ちを表せば安堵の一言に尽きる。エレノアから気づいていた、と告げられた時から。

「あなたが訪ねて来た時から」

「やっぱり冒険者には思えなくて?」

「それもあるけど……根本的にあなた、ミスを犯してるのよ」

 テーブルに両肘をついて胸の前で手を組む。エレノアは微笑んでいたが、瞳の奥には真剣な光が込められていた。

「あの日は雨が降っていて昼間からこの森は真っ暗だった。そして森で迷って明かりを、この薬局を見つけた。それがあなたの主張だったわよね。この薬局の温室を含めた間取りを思い出してみて。温室もこの家も全部柵で囲われていて、入り口は門扉のみ。フィンレー、あなたが森のどの方角からこの家を見つけたかはわからない。それでも普通は門扉から入ることを選ぶし実際あなたはそうした。ここまではいい?」

 僕が頷くのを見届けエレノアはカップに手を伸ばした。

「真っ暗闇の森の中で何故か家を見つける。大きな門扉は開いていたのでそこから庭へ入り、家に住む者を訪ねようとした。……門扉を潜った先に真っ先に見える光景を思い出して。私はあの日も“いつもどおり”に過ごしていたのだから」

「光景……」

 目を閉じあの日の自分を想像する。暗闇の中、門扉を潜る。石畳が真っ直ぐに伸び、そして顔を上げた先に──

「あ」

 ハッとして上擦った声を出せばエレノアの笑みが深くなる。そうだ、たしかに不自然極まりない。

「あの日も薬局は開業していた。僕が森の中から見た光は門扉のものと、それから……薬局の看板だ。“エレノア薬局OPEN中”の文字がたしかに暗闇に浮かんでいたんだ」

 真っ暗闇の中でライトと看板は救いの光だった。つまり。

「そう。薬局はあの日もいつもどおり営業していた。そして入り口から一番見える場所にそれを伝える看板を私は出していた」

「いつもどおりだよね。……僕みたいに迷い込んで来た奴のために毎日開業するし看板を外に置いている」

 エレノアはたしかに言っていた。なのに、僕は。

「だからまず森に迷った人間が訪ねるべきは“エレノア魔法薬局”正面入り口なの。態々真っ直ぐ誘導するような石畳を逸れて……看板横の石畳に進み奥の勝手口に行く必要は全くない。けれど、あなたは敢えて無視して勝手口に来た。雨に打たれ全身が冷え切っている状態で、何故か真正面の開いている入り口を無視して家の裏に回ろうとしている。“普通なら店員が薬局にいると思い、薬局のドアを開け、雨宿りさせてくれって頼むのに”。つまりそんな妙な挙動をするのは……薬局に用があるけど、正当な理由じゃない奴。例えば“家主に気づかれず家の中に侵入しようとするような”後ろ暗い理由から訪ねる人なのよ」

 カップを置く音が妙に耳に響いた。僕は視線を天井へと向ける。淡い何処の家にもあるような照明が僕達を照らしていた。

「そこからかぁ」

「そこからよ」

 視線をエレノアに戻せば相も変わらず苦笑いを浮かべている。そこに怒りや侮蔑といった通常抱くであろう感情が全くないのが少しだけ恐ろしくもあった。

「エレノアの言うとおりだよ。こんなの胸張って言うことじゃないけど」

 ダーンエイティーで乾く口内を湿らす。いつもより渋い味がした。

「僕はアイネの実をここに盗みに来た。でもさ、質問してもいい?」

 謝罪が先だろうに僕は目先の疑問を口にしようとしていた。

「勝手口に回ったから僕はエレノアに気づかれないように屋内に侵入しようとしてた……そう言いたいんだよね」

「ええ」

「でもそれだけじゃないか。実際侵入していたら今日の客人みたいになるのは置いといてさ。僕が薬局の金品等を奪おうとした強盗だって推測するならわかるけど、何でアイネの実狙い……しかも依頼人がいるってわかったの。知ってのとおり僕はアイネの実の調査の現状も知らなかったし、依頼人のことなんて全く口にしていない。第一狙うなら馬鹿正直に君にアイネの実を探してると告白したことになるよ」

「ああ、そうね。順番に説明していくわ」

 エレノアがポットを傾け僅かに減ったカップにダーンエイティーを注ぐ。僕の方に向けてきたので会釈をして、コップを近づけた。

「第一の理由。フォルセーラ財閥の調査があったからね」

「半年前から行なっているあの?」

「開始時には新聞、テレビで話題になっていたわよね。魔物の討伐も兼ねて大規模な調査を行なうと。調査内容は魔力エネルギーを生成する工場を建設できるか。地盤の安定性、魔力濃度、近隣の町への公害の危険性……まあ、やらなければいけないことは沢山あるけれどフォルセーラ財閥はとにかく調査に入った」

「それが一体どうして僕に繋がるんだい?」

「言ったでしょう? 貴族やその財閥は基本、アイネの実探しを公言しない。何かしら大義名分とも言える理由をつけるって」

 ──私財を投げ打って探そうなんて『私は金を溝に捨てます』と臆面なく言っているのと同義よ。だからその場合は例えば森の奥地を工場にでもしようと開拓するだとか、地質調査に向かうだとかそういった表向きの理由をつけるの。

 出会った時の光景が過ぎっていく。渋い琥珀色の液体にまた口をつけた。

「あの場所は魔力濃度が高いという点では工場には向いている。けれど同時に強力な魔物の徘徊が多いと魔法使いの間では危険視されていた場所なの。それ故にアイネの実探しが行なわれていない未踏の地がある可能性もある、というのがまず一点。次にフォルセーラ財閥が様々な業種に手を出しているとしても、あの時期に工場調査を行なうのは不自然なのよ」

「不自然?」

「だって半年前と言えばエイタ領は雨季なのよ。あなたがここに来た日みたいな雨が連日降るのがエイタ領を含んだこの地方の雨季。普通は大がかりな調査なんてものは時期をずらすのよ。でもフォルセーラ財閥にとって雨季は寧ろ好都合だった」

 思わず身を乗り出す。カップがカタカタと音を立てエレノアが苦笑交じりに手を添えた。

「アイネの実が光るから……」

「そう。アイネの実は魔力を十分に帯びた状態で水に触れるとほんのりだけど光る特性がある。雨季の暗い森でポツリと光を帯びた何かを探すのは、晴れの日でも薄暗い森から小さな植物を探すよりもずっと簡単よね。昔よく行われていた手法よ。あえて遭難の可能性がある日に森へと入る。その危険性が指摘されたのがアイネの実探しブームの終焉の始まりだとも言われているわ。これが二点目」

 すっと息を吸う音が、壁にかけられた時計の秒針が時を刻む音がした。それくらい静けさが場を支配した。

「以上のことから初めてニュースを見た時アイネの実探しだとピンときた。続報がないのもそもそも調査を行なっていないからだと考えた。と、同時に知り合いの……魔法使いからこんな連絡が入ったわ。『少し前からフォルセーラ財閥の下請けの更に下請けの会社が秘密裏に冒険者を大勢雇っている』。あんな大きな財閥が大々的に銘打った調査を行なうのに現地のメンバーはこっそり下請けの更に下請け会社が集めるなんておかしな話じゃない? 当時オルナ町に滞在していた冒険者達も募集要項が領地公認の人材センターに公開されるのを待っていたのに、一切出てこなかったのが更に拍車をかけた。これは間違いなく公言されている調査が行われるのではないってね。あ、先に言っておくと情報の出所の詳細についてはノーコメントよ。情報通の魔法使いとだけ言っておく」

 情報通。何とも胡散臭い響きだが、エレノアはここについて言及させてくれる気はないようだ。

「つまり、アイネの実を秘密裏に探し始めたと思われる財閥の登場から半年後にアイネの実を探している僕が現れて、繋がったと」

 まあ、情報通の魔法使いのことは正直どうでもいい。今僕が回答すべきなのは。

「正解だよ。フォルセーラ財閥の下請けの下請け……の更に下請けかもしれないけど、対魔物業者に僕は雇われた。フォルセーラ財閥のアの字も聞かないまま契約を結んだし、未だに公に説明があったわけじゃない。だから大元の真の目的がアイネの実探しだなんて全く知らなかった。けど確かに一番上の依頼主はフォルセーラ財閥だ。依頼内容は最近魔物の出現が多くなった反応がある土地への調査で、僕というか僕達冒険者の役割は魔物の討伐、と別物だったけど。当然表向きの理由である魔力エネルギー工場建設のため、という説明すらされなかった」

「逆に聞くけど、何故あなたはフォルセーラ財閥の依頼だとわかったの? 何社も会社を挟んで自分達の名と本当の目的を隠してたのに」

「勿論隠されていたさ。業者名は伏せるけど、とにかく僕達冒険者はあくまでも対魔物兵として雇われた。けれど、現場に向かえば後ろ暗い内容になればなるほど大元なんて大体想像がつく。口にしないだけで皆理解しているんだよ。知っているかい? こういう依頼は下になればなるほど寄せ集めの人材になる。僕達の直接の依頼主……つまり現場の監督者達は直属のボスへの媚び諂いはあっても、敬意だとか忠誠心は当然ない。そんな馬鹿の集まりならやがて誰かが致命的な情報をうっかり漏らしてしまう。そうすれば僕達の間に漂っていた疑惑はあっという間に確信へと変わる。口を滑らせれば信用を失うのは僕達冒険者の方だから言わないだけで、南東の森に到着して二日目の朝にはもう大元がフォルセーラ財閥だと誰もが確信していた。さっきのエドワードが良い例だ。 あれよりも“わかりやすい”奴等が僕達冒険者の窓口だった」

「なるほどねぇ。その……いや、何でもないわ」

 エレノアが何かを言いかけ緩く首を横に振る。妙な間を不思議に思うが今は話を続けたかった。


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