一つの恋の⋯⋯空言
メリッサは執務室で考えていた。
夫のサイン入り白紙用紙の効果的な使い道を、それは楽しげに。
アリーシャの命綱とも言える夫との縁を切ってやる。
絶望に歪む顔を見たいが私が関わったと知られるのはまずい。
あくまで私は知らないし、気付かないのだ。
「若奥様、何か良いことが有りましたか?」
此処の所良い事がない若奥様が楽しげにされて居るのだからメイドが気にするのも頷けた。
「ペットでも飼おうかと思って、犬と猫どちらが良いと思う?」
「わぁ、良いですね。小鳥も可愛いですよ」
「そうね、ここのところ楽しい話題が屋敷にないからせめてもの慰めにならないかと思って」
「まぁ、若奥様」
そこでメイドは口元を手で隠し声を詰まらせた。
おぼっちゃまが毎日辛い思いをしてらっしゃるのを気にして居られるのだわ。
メイドの勝手な解釈でメリッサの評判はますます上がっていくのだった。
ハワードは結婚式から暫くして体調に異変が起きて以降、領地に引きこもっていた。
社交シーズンでない事だけがまだ救いだった。
領地周りの女達はこの状態を見てそれとなく離れて行った。
王都の女たちは暫く会っていないのでこの状態をまだ知らないはずだ、噂になっていなければ。
なので何としても社交シーズンまでには完治させたかったが、何をやっても肌の痒みが改善しない。
夜もゆっくり休めずイライラとした気持ちが抑えられずメリッサや使用人達にあたってしまう。
「くそっ、何とかならないのか!」
原因は分かっていた。
あのアリーシャが我儘放題に金を要求し、修道院からの解放と今後の生活の保証を我が物顔で要求してくるからだ。
我儘が過ぎるとあんなに魅力的だった愛妾の誘いを反故にしたくなる。
「私が何をしたと言うのだ」
ただ可哀想に思って手を差し伸べたに過ぎない。
「でもこの病が始まったのは思えばアリーシャの要求が来てからだ」
考え事をしているとつい無意識に掻いて血が滲む。
酷いところは掻き壊しで肌が黒ずみ酷い臭いもする。
あんなに好きだった鏡も割ってしまって部屋には一枚もない。
「あなた、ご気分はいかが?お薬と新しい包帯をお持ちしましたわ」
メリッサがメイドのタミーと共に部屋に入ってきた。
「痒いに決まっているだろう、イライラさせないでくれ」
つい言葉がキツくなってしまう。
「おぼっちゃま、若奥様はおぼっちゃまのお加減が良くなるようにと肌に良いものを取り寄せたり書庫に籠られて病気の原因を突き止める為調べ物をされたりこんなに尽くしておいでです、あんまりです」
「タミー良いのよ、それでご気分が少しでも紛れれば」
「でも若奥様⋯⋯」
「⋯⋯あぁ、すまん。つい言い過ぎた、いつもありがとう薬を飲もう」
「はい、こちらを」
「タミー、替えのガーゼに塗り薬を薄く塗って頂戴、強い薬だってお医者様が言ってらしたから」
「いや、たっぷりと塗ってくれ。痒くてたまらんのだ」
「でも、塗り過ぎは身体にあまり良くないと⋯⋯」
「いや、いいんだ。早くしてくれ」
「は、はい。それとコレは眠っている内に皮膚を傷つけないように夜間用の手袋ですわ」
「ありがとう、この手首のは?」
「手袋が外れないように手首にリボンを縫い付けましたの。如何かしら?」
「メリッサが縫ってくれたのか?」
「えぇ、あまり上手にとは言えませんけど。これなら外れないし手首も痛くないでしょう?」
「若奥様は洗い替え用にも幾つか縫われたのですよ」
「本当に?領地の仕事も大変なのに、時間を見つけて作ってくれたのかい?」
「えぇ、次はもっと上手くできると思いますわ、早く良くなります様に」
「⋯⋯」
ハワードは感激して暫し痒みを忘れた。
こんな姿になっても変わらずに尽くしてくれる新妻を冷遇しようとするなんて。
そう言えばずっと一途に愛していてくれたのはメリッサだった。
冷静に考えてみればアリーシャとの余りの違いに自分の過ちを認めた。
もう決して妻を悲しませない。
アリーシャとは縁を切ろう、強く決心しながら肌をボリボリ掻いた。
もし宜しければブックマークと評価をお願いします!




