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一つの恋の⋯⋯乖離

 メリッサは報告書を思わず握り潰した。

 やはり懸念していた事が現実となって彼女を押し潰した。


 夫の最後の良心を信じたかった。

 机に突っ伏して唸りそうになった声を抑える。

 報告書を握った拳で机を叩く。


 そんなに好きなのか、ずっとずっと一途に主人だけを愛した私より?

 結婚して手に入れた筈だった幸せがこの手の隙間から零れ落ちる。

 幸せは一瞬の夢、いや幻だった。

 急激に冷める想い、色褪せる想い出。

 寒くも無いのに震えが止まらない、目から涙が溢れ出す。


 こんな事が平気で出来る、こんな不誠実な男の為に踏み躙られた自分が惨めで滑稽で唇から血が滲むほど噛み締めた。

 他の女の事は目を背けることがまだ出来た。

 でもあの悪魔だけはダメなのだ、あのアリーシャだけは。

 しかし所詮惚れた女にはどう足掻いても勝てないと言う事なのか。


 私の流した涙の上に胡座をかいた気分はどう?

 離婚なんてしてやらないわ、幸せになんてしてやるものですか。

 私はお人好しのリリアナの様に大人しく身を引いたりなんかしない、絶対に。


 馬車で追いかけたあの時、全てを話して警告した。

 私かあの悪魔か選べと。

 そして文字通り選んだ訳だ、あの悪魔を。

 アリーシャは愛妾?全く冗談じゃ無いわ。

 いつ寝首を掻くかもわからないあの悪魔を?


 この私を此処まで追い詰めたのだ、覚悟は出来ているのだろう。

 もしくはよほど侮ってくれているか。


 二人にはこれまでの事も含めてお礼をしないとね。

 アリーシャにはそうね、生まれて来たことをたっぷりと後悔して貰おう。

 ハワードは⋯⋯これからの人生で手に入れる筈だったものを全て失って貰うってどうだろう。

 愛する者も愛してくれる者も、可愛い自分の子供も、地位も名誉もお金も女達でさえ。


 メリッサの目にはもうハワードが愛おしく映る事は無くなるだろう、本当の意味で。

 握り潰した手紙をメリッサ専用の金庫に入れる、そしてそこから躊躇する事無く小瓶の中の一本取り出す。

 ありとあらゆる事を想定して秘密裡に買い集めたもの。

 蓋をそっと取って慎重にそれを少しだけ紙に落とす、サラサラとした粉状のものが落ちる。

 紙を素早く折り畳みポケットに入れる。

 そして何事も無かったかの様に小瓶を金庫に戻しダイヤルを回した。


「私はメリッサ・ウェールズ公爵夫人、冷静さを取り戻すの」

 そう言って机に額をゴンとぶつける。

「これで良いわ、さぁ始めましょう」

 鏡を見てにっこり笑った。




 メイド達から手当を受けて赤くなったおでこと指の関節、血の滲んだ唇に薬が塗られガーゼが当てられる。

 考え事をしていてぶつけたと言う事らしいがメリッサらしく無いミスだなとハワードは思った。

 一応労いの言葉をかけたらいつものように嬉しそうに笑う。

 でも目が合わない、気のせいだろうか?

 何となく違和感を覚える。

 メイド達と楽しそうに失敗談を話しているが今までになかった事だ。

 気持ちが僅かにざわついた、しかし直ぐに思い直し意識を他に向けた。




 メリッサは夫専用の湯船にたっぷりと湯を張り紙の中の粉末を入れた。

 毎日ほんの少しずつ混ぜる、飲ませてもいい物だ。

 次第に肌がかゆみに赤くなり自慢の容姿は崩壊するだろう。

 医者に見せても原因は分からない物だ。


 ハワードはメリッサのあの女だけは嫌だと言った叫びにも似た訴えをいとも容易く踏みにじる。

 最低限の礼儀さえも弁えず。

 礼儀知らずは似た者同士だこと。


 メリッサの心にハワードはもういない。


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