一つの恋の⋯⋯発端
甘い香りと溢れる色彩の波間から誰かに呼ばれた様な気がした。
愛しい人から視線を外し辺りを見回す。
皆がグラス片手に思い思いのひと時を過ごす。
気のせいか、と思った時によく見知った顔が近づいてくる。
「殿下、婚約者殿本日はおめでとうございます」
側近兼友人の公爵令息ハワードがニヤニヤしながら婚約者のアリーシャに視線を移す。
キラキラの扇子で顔を半分隠したアリーシャが
「ハワード様のお陰です、こんなに早く認めて頂けて。アリーシャとても感謝しておりますのよ」
「お二人はとてもお似合いですからな」
心にも無いことを……とつい先日までアリーシャを巡っての恋のライバルがとは思うものの流石に表情に出すことは無い。
「そう言うお前は今日婚約者と一緒じゃないのか?」
何時も大人しそうなあまり存在感の無い令嬢を思い浮かべる。
「あぁ、風邪をひいたらしくてな、熱が高いらしい」
「それは心配だな、今日は早目に帰って見舞ってやれば良い」
「あら、折角の機会ですしゆっくり羽目を外したら?」
やはり男性の立場をよく分かっているなと感心する。
「これでもダンスの予約が多数有りましてお言葉に従って楽しむ事に致します、
では殿下アリーシャ様また後程」
近くに重鎮の姿を見たからか、丁寧な物言いで去って行く。
「ではまたダンスに戻りますか」
アリーシャの手を取りスポットライトの中央に進む。
「この曲はアリーシャの好きな曲だろう」
殿下が耳元で囁く。
そうだったかしら?アリーシャの違和感は直ぐに消える。
皆の羨望の眼差しに笑顔で応えながら背中に回された手に意識を向け高度なダンスに集中した。
婚約パーティーの翌日、やけに城内が騒がしい。
大規模パーティーの翌日は皆が皆忙しいからそのせいか。
王城に宿泊の他国の大使や貴族も少なからずいる為猫の手も借りたいと言ったところか。
気だるい疲れが残る体に鞭打ってここ数日滞っていた決済書類に目を通す。
人生の大事なイベントとは言え仕事は容赦なく溜まっていく。
差し戻しトレイに書類を放り込みながら欠伸を咬み殺す。
その時書類の束を抱えた文官が駆け込んできた。
「殿下大変です、リリアナ様が庭園に倒れられております」
「リリアナ?どちらのご令嬢かな?」
「……モンタギュー侯爵令嬢のリリアナ様ですが」
「丁重に送り届けて差し上げろ」
「リリアナ様ですよ。よ、宜しいので?」
「あぁ、構わん。その程度の事で忙しい私を煩わせるな!」
「しかし、仮にも……」
「仕事は待ってくれん、その束もそうであろう」
「かしこまりました、考えも無く口出し致しました」
文官は書類を脇机に置くと一礼しそそくさと出て行こうとする。
「今日はどうしたものか、茶を淹れてくれ」
文官は耳を疑った。
つい先日まで婚約者であった令嬢に何があったのか一言聞いても良いでは無いか。
婚約破棄したら他人よりも冷たくなられるのか。
ご自身が捨てられたご令嬢の事など些細な事だと言うのか!
リリアナは生きていた、皆が奇跡と思える状況で。
沢山の植え込みがクッションとなり引っ掛かる様に柔らかな地面に横たわっていた。
ドレスが朝露に濡れていた為昨日の内に飛び降りたらしい。
但し意識は無い、それでも胸には髪飾りと手紙を握りしめて。
人の口に戸は立てられない、この後この事により下々の者にこの噂が流れる事となる。
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