難しい読書と深夜のお散歩
「うう、やっぱりよく解らないよう」
意地悪なメイド長に邪魔をされてしまい、せっかく愛しい彼と密かに会えるところだったのに早急に屋敷に戻らなければならなくなったしまった主人公の少女に、友人達が残念だったわねと言って揶揄うようにして笑う場面で、レイはそう呟いて大きなため息と共に天井を見上げた。
「どうしたの?」
ジャスミンが笑いながらレイを見上げる。
「だって、せっかく頑張って準備したのにまた邪魔が入って彼と会えなくなっちゃったんだよ。それなのに、この友達は揶揄って笑ってるんだ。そんなの駄目だよ」
「ああ、またここでも良い子になってる」
呆れたように笑いながら、ため息を吐いたジャスミンはやや大人びた口調でそう言い、まるで子供を見る母親のような優しい目でレイを見つめた。
「あのね、これは言ってみれば駆け引きを楽しむ物語なのよ。だけどまだレイルズには難しかったみたいね」
笑ってそう言い、肩を竦める。
「じゃあ、こっちはまたもう少し後から読むことにして、こっちを読んでみたら? 悲恋の物語だから、きっとまた違った感想があると思うから、読んだら聞かせてね」
また別の本を渡され、読んでいた本を置いて受け取ったそれを読み始める。
「あ、これは分かる」
どうやら家同士が仲の悪い二人が、偶然お互いの正体を知らずに花祭りで一緒になり一瞬で恋に落ちるお話のようだ。
先ほどのお話と違って、これはレイルズにも良くわかる内容でどんどんと読み進められた。
しかし、そんな二人の関係は、すぐに互いの家に知られる事となり……。
そこまで読んだ時、本の表紙の角にシルフが現れて座った。
『そろそろ時間ですよ』
まるでその言葉が合図だったかのように遠くから時を告げる鐘の音が聞こえて来た。
「あ、そろそろ時間みたいだね。じゃあ読書はここまでにして行こうか」
「おう、行こうぜ」
「行く行く!」
すぐに立ち上がるマークとキムは、実は少し前からもう本を読むのを諦めていた。
「俺、明日はもう一度精霊王の物語を読む事にしよう。俺には恋愛の物語は難しすぎるよ」
小さな声でそう言ったマークの言葉に、苦笑いしたキムも思いっきり同意するように何度も頷いていたのだった。
先頭をランタンを持ったレイルズと執事が歩き、その後ろにジャスミンとニーカとクラウディア、その後ろにこちらもランタンを持ったマークとキムが続く。
最後にこちらもランタンを持ったターシャ夫人とロッシェ僧侶が続いた。少女達にランタンを持たせないのは、勝手な行動を取らせないためでもある。
執事に案内されて表に出た一行は、そのまま執事と分かれて裏庭の方へ向かった。
途中、見張りの兵士の前を通った時にはその場で直立して敬礼されてしまい、どちらへ行くのかと尋ねられたら今から精霊の泉へ皆を案内するんだよ。と胸を張って言いたかったレイは、密かに残念がっていたのだった。
暗闇の中を歩くレイの肩には当然のようにブルーのシルフが座り、ニーカの肩にはクロサイトの使いのシルフが、そしてジャスミンの肩にはルチルの使いのシルフが当然のように座っていた。
細い茂みの中にある道を通り抜けたところで少し道が広くなる。それを見たレイは、指輪から光の精霊達を呼び出して頭上から足元を明るく照らしてもらった。
この辺りは、太い根っこが暴れるようにして時折地面から大きく顔を出しているため、足元が少し歩きにくくなっているからだ。
「まあ、これならよく見えますわ」
一番後ろを歩いていたロッシェ僧侶の嬉しそうな言葉に、レイは笑顔で振り返った。
「ランタンだけだと、どうしても一部に真っ黒な影が出来てしまうんですよね。なので上から光の精霊達に照らしてもらうのが、一番安全なんです」
「あの白い光の珠のようなのが、光の精霊なのですね」
感心したようなその呟きに、ジャスミンがレイを見た。
「私も、少しだけ光の精霊に適性があるって言われたんだけど、まだ全然光の精霊とはお話しも出来ていないわ」
少し悔しそうなその言葉に、レイもジャスミンを振り返る。
「そっか、少しだけど適性があるって言ってたね。えっと光の精霊は見えるの?」
手に乗せた、光を放っていない光の精霊を見せてみる。
「ええ、見えるわ。でも顔は見えないわね」
「あ、それは僕もそうだよ。聞いてみると、シルフ達みたいな顔は無いんだって言われたよ」
足の先まで覆う裾の長い白っぽいマントと完全に顔が隠れる大きな頭巾を被った姿。わずかに見えるその顔は影になっていて鼻や口は見えず、黄色ぽく光る一対の目だけが見えている。光の精霊の姿は元々そんな風なのだ。
「へえ、そうなのね。私が未熟だから見えていないんだと思ってたわ」
何故か嬉しそうにそう言うと、クラウディアを見る。
「ディアの友達の光の精霊は?」
笑ったクラウディアが指輪にそっと話しかける。
「光の精霊さん、出て来てもらえますか?」
その声に応えるように、レイの光の玉よりも二回りくらい小さな光の玉が三つ飛び出して来た。
それを見て笑ったマークも、指輪をそっと撫でて自分の光の精霊達を呼び出す。
それぞれの光の精霊達は、まるで互いに挨拶をするかのようにくっついたり離れたりし合いながら輪になって踊り始めた。
「まあまあ、これは素晴らしいですわ」
「本当ですわね。これは素晴らしい」
幾つもの光の玉達が乱舞する夢のような光景に、嬉しそうに笑ったターシャ夫人とロッシェ僧侶が半ば無意識にそう言いながら上を見上げている。
「精霊の泉にはもっと沢山の子達がいますよ。ほらもう到着です」
得意気なレイの言葉に、お二人が目を輝かせる。
笑ったレイは、それ以上は何も言わずに大きく茂った枝を押さえて先に進んだ。
茂みの中から出た途端に、周りが真昼のように一気に明るくなる。
そして目の前に広がるその幻想的な光景に、精霊の泉を初めて見る女性達からは、堪えきれない歓声が上がったのだった。




