友達
「おはよう。何だかレイルズの顔を見るのが久し振りな気がする」
「本当だな。朝練で会ったのって……何日前だっけ?」
いつもの自習室にいたマークとキムが、揃って振り返りながらそう言ってくれたのだが、何だか二人とも元気がない様な気がして、鞄を置いたレイは心配そうに隣に座るマークを覗き込んだ。
「ん? どうした?」
「マーク、元気が無いみたいに見えるけど、大丈夫? えっと、それに目の下が黒くなってるけど、それどうしたの?」
そう言ってその隣のキムも覗き込むと、彼も同じ様に目の下が黒くなっている。
「あはは、もうここ数日寝る暇も無くてさ」
「だけどさあ、これはやらなきゃ仕方が無いんだから、なあ」
乾いた笑いとともに顔を見合わせた二人がそう言っているが、その目は全く笑っていない。
「ちょっとねえ、二人ともどうしたんだよ」
本気で心配になってそう叫んだ時、ノックの音がしてクラウディアとニーカが顔を覗かせた。その後ろにはジャスミンの姿もある。
「ジャスミンの馬車に一緒に乗せてもらって来たのよ。すっごく乗り心地が良かったわ……あれれ、どうしたの?」
嬉しそうにそう言いながら入って来たニーカだったが、レイ達の様子がおかしい事に気付いて心配そうに彼らを見た。その後ろでは、クラウディアとジャスミンも心配そうにしている。
「何かあったの? レイ」
不安そうなクラウディアの言葉に、レイは小さくため息を吐いて首を振った。
「おはよう、皆で揃うのって久し振りだね」
なんでもない事の様に笑ってから、改めてマークとキムに向き直った。
「ねえ、少しだけでも休んでくれば? そりゃあ大変なのはわかるけど、無理をして二人が体を壊したら誰が研究するんだよ。寝る事と食事をする事は絶対に省略するなって、僕、元冒険者のギードから何度も言われたよ。本当の緊急事態に徹夜するのは構わないけれど、それが常態化するのは絶対に駄目だって。聞くけど、夜はちゃんとベッドで寝てる?」
真顔のレイルズに詰め寄られて、マークとキムは揃って目を逸らした。
「駄目だよ。夜はちゃんと寝ないと!」
レイの叫びに少女達が揃って大きく頷く。
「それで今は何をしてるの? 言ってくれたら手伝うからさ。お願いだから自分達だけで抱え込まないでよ」
「そうだわ。私達にも少しくらい手伝わせてよ」
ニーカの言葉に、クラウディアとジャスミンまでが口を揃えて抗議する。
「そうよ。私達にだってお手伝いさせてください」
「そうですわ。何のための友人ですか? 大変な時くらい頼ってください」
仲間達の真剣なその言葉に、マークとキムは泣きそうな顔で笑った。
「本当に持つべきものは友だな。ありがとう。じゃあ頼らせてもらうよ」
そう言って、積み上がっていた書類を机の上に広げる。
「意見を聞かせて欲しいんだけど、授業の進行はこれで解ると思うか?」
手を伸ばしてそれぞれ書類を手にするのを見て、マークは机に突っ伏した。
「半刻だけ、な……」
「ごめん、俺も半刻だけ……」
隣で突っ伏すキムを見て、レイは黙って部屋の隅に積み上げてあったひざ掛けを取って来て二人に掛けてやった。
真剣な顔で書類を読む少女達を見て、レイは彼らがやり掛けていた資料の下書きを手にして、黙って魔法陣の展開に関する計算を始めたのだった。
しばらくの間自習室の中は、時折クラウディア達が書類をめくる音と、レイが計算式を書くためにペンを走らせたり算術盤を弾く音だけが聞こえていた。
「出来た。これでいいと思うな。後は聞いてからにしよう」
小さく呟いたレイは、クラウディア達が読み終えて綺麗に整理してあった書類を手にして黙って読み始めた。
もう彼らが寝てから一刻以上の時間が経っているが、誰も知らん顔で起こそうとしない。
レイも静かな寝息を立てている彼らを見て、小さく笑ってまた書類に目を落とした。
「う、うん……」
もう直ぐ昼食の時間になる頃、マークが目を覚ました。
「あれ、ええと……何してたんだっけ?」
頭をガリガリと掻いて大きな欠伸をする。
「あ、そうだ!」
いきなり慌てた様に飛び起きて同じく隣でまだ熟睡しているキムを揺り起こした。
「おい、起きろって! 午後からの資料が!」
「ふええ! 待て、今何て言った!」
キムも、唐突に寝ぼけ眼のままで飛び起きる。
「どうしたの? 二人とも」
驚いた様なわざとらしいレイの声に、二人は揃って振り返る。
何冊もの本を手にして部屋に入って来たレイは、それを机の上に置いて積み上がった書類を指差した。
「えっと、全部目を通させてもらったよ。それで僕達なりに改善した方が良さそうなところや気になる箇所をここに書き出してるよ。書類の位置と連動してるからこっちを見ながら確認してね」
そう言って、横に重ねて置いてあった分厚い紙の束を渡した。
「それからこれが作り掛けていた資料の下書き。多分これでいいと思うんだけど、どうかな? あ、こっちは書き掛けてた魔法陣の計算式だよ。確認しておいてね」
二人は言葉も無く渡された書類と資料の下書きを受け取る。
少女達は、三人揃って顔を突き合わせて自分達の自習をしている様だ。
「これ、俺達が寝ている間に……全部、やってくれたのか?」
半ば呆然としながらキムがそう呟く。
「しっかり作ってあったから、やりかけでも簡単に出来たよ。これ、すごく解り易いと思うね。だけど魔法陣の計算式はちょっと難しかったから、もう一段、円を増やすべきだと思うな。えっとこれが仮の計算式だよ。計算する数は増えるけど、結果は同じになるんだからこっちの方が誰でも簡単に計算出来ると思うよ」
「ええ、どこだよ!」
渡された資料を見て、二人が呻く様な声を上げる。
「やっぱり、俺達だけじゃ無くてレイルズを頼るべきだって」
「だな、これは確かに桁が違う。俺達が二日かかってまだ解けなかった展開を、数刻で完結させたんだからな」
「やっぱり、天才は違うよ」
「しかも、自覚なき天才だもんな」
しみじみと呟いたマークの言葉に、笑ったキムが付け足す。
「それを言うなら、努力の出来る秀才は誰だっけ?」
笑ったレイがそう言うと、クラウディア達も笑って振り返った。
「無自覚の達人は誰だっけ?」
少女達が声を揃えてそう言い、自習室は笑いに包まれたのだった。
「本当にありがとう。今、俺は友達の有り難さを身をもって実感してるよ」
「俺もだよ。自分で何とかしないと駄目だって思ってたさっきまでの自分を殴ってやりたい。目の前にこんなに頼り甲斐のある友達が大勢いたのに、目に入ってなかったなんてな」
そう言ったマークとキムは、レイと拳をぶつけ合い、少女達とも手を互いの手を叩き合って笑い合った。
「じゃあ、一通り目を通したら食事に行こう。午後から俺達は教授に講義の予行演習をするんだよ。それで問題点を洗い出して講義そのものに慣れるのが今の俺たちの仕事なんだ。これで教授達からもう大丈夫だって言ってもらったら、いよいよ一般兵達に合成魔法の講義をしていく事になってる」
「もう第四部隊では、最初の講義に参加する人員の選抜に入ってるって少佐が仰ってたものな」
「絶対、手ぐすね引いて待ち構えられてるぞ」
乾いた笑いをこぼす二人を見てレイは、笑ってその背中を叩いた。
「それだけ皆が期待してるって事だものね。頑張って。僕達で良ければいくらでも協力するからさ」
「おう、よろしくな」
もう一度拳をぶつけ合った後、置いてあったレイ達が書いてくれた書類を手にして真剣に読み始めた。
そんな彼らを見て、嬉しそうに笑ったレイも自分の予習を続けたのだった。




