女神の神殿へのお届け物
「私達に届け物ですか?」
その日いつもの早朝のお務めの後、ニーカと一緒にお掃除をしていたクラウディアは驚いて振り返った。
そこには、笑顔で立っているガラテア僧侶の姿があった。
「お掃除が終わったら、事務所へ来てくださいね」
笑顔でそう言ったガラテア様を見送り、二人は顔を見合わせて首を傾げた。
自分達に届け物なんて、全く心当たりがない。
「あ、もしかして公爵閣下がまた糸を送ってくださったんじゃなくて?」
ニーカの言葉に、クラウディアも頷く。でもそれなら明細だけが彼女達に届けられて、そのまま事務所に納めてもらっているはずだ。
以前、カウリの奥様が妊娠なさったと聞いた二人は、赤ちゃんのための産着やおくるみを作るレース糸が欲しくて、自分達の後見人になってくださったディレント公爵閣下に初めてお願いをしたのだ。赤ちゃんのための贈り物を作りたいので、レース糸が欲しい、と。
もちろん連絡したのは公爵閣下本人ではなく、いつも連絡をくださる優しいグレッグという名前の執事様だったのだが、彼は本当にすぐに手配してくれて、真っ白なレース糸の束が二人の元に大量に届いたのだ。
しかもその際には、それだけでなく他の皆様にも分けてあげてくださいとの伝言付きで、これまたたくさんのレース糸が届けられたのだ。当然皆大喜びで糸の束を分けてもらい、今も先を争う様にして大喜びでレースの細工物を作っている。これらは、一部は自分の物にして、それ以外は花祭りの際に売店で販売する事になっている。
その時以来、定期的にお城の分所と街の神殿には、レース糸だけでなく様々な毛糸や毛糸用の原毛、それから縫い糸や縫針、鋏、また編み針やかぎ針などのお裁縫道具。また時には様々な色や柄の布やリボンなどが大量に届く様になったのだ。
皆もそれを見て大喜びで、届いたそれらをありがたく使わせていただいている。道具は共用で、糸や布などは事務所で管理してくれているので、何を作るかを申し出て分けてもらっている。
また大量の上質な糸や布が届く様になったおかげで、装飾品担当の者達は、草木染めで糸を染めて華やかな神殿内部の装飾品を作る様になった。
また巫女達の肩掛けにも時に色糸が渡される様になり、更に華やかになってみな大喜びしているのだった。
「お待たせ致しました」
お掃除を終えて大急ぎで事務所に向かったクラウディアとニーカは、待っていたガラテア様と共に別室へ連れていかれた。
その部屋で待っていたのは、懐かしい、訓練所で一緒に自習室で何度も勉強をしたクッキーだったのだ。
「まあ、クッキー。お久し振りです!」
「ああクッキー。お久しぶりね」
笑顔の二人を見て、立ち上がったクッキーも笑顔になる。彼も、レイルズほどではないがとても背が高いので、向かい合うと背の低いニーカは完全に見上げる状態になる。
「お久し振りです。ですが本日はポリティス商会のクッキーとして参りました。お二人と女神の神殿にお届け物です」
笑顔でそう言うと、二人と一緒に座ったガラテア様にも深々と頭を下げた。
目を瞬く二人に、クッキーはまず大きな包みを机の上に置き、それとは別の袋状の包みを二つ足元に置いてあった箱から取り出した。
「こちらのお二つは、竜騎士隊のレイルズ様からお二人へのお届け物です。こちらがクラウディア様、こちらがニーカ様ですね。カードが一緒に届いております」
笑顔でそう言って、四つ葉のマークが押された蝋で封印された封筒と一緒に包みを渡す。
受け取った二人は、無言で封筒の封を切りカードを取り出した。
「先日は、知らぬとはいえ大変な失礼をいたしました。お詫びにもなりませんが、せめて気持ちだけでも届けさせてください。レイルズ」
「ねえ、これって……」
「ええ、そうみたいね」
ニーカの言葉に、クラウディアも困った様に頷きクッキーを見た。
「クッキーは、何があったかご存知ですか?」
「さあ、知りませんね」
クッキーは、そう聞かれて不思議そうに首を振る。正しくは、レイとルークが話しているのを漏れ聞き、これらの品が、レイが彼女達に何らかの失礼をしてしまったお詫びの品らしい事は知っているのだが、知らない振りをした。
それを聞いた二人は明らかに安堵した様に見えた。
「レイったら……もう気にしていないのに、お詫びの品まで頂いちゃって、何だかこっちが申し訳なくなるわね。それで一体、何を贈ってくれたのかしら?」
不思議そうに包みを見ている二人に、クッキーは机の上に置かれた大きな包みを示した。
「こちらの品は、ルーク様とレイルズ様から女神の神殿の皆様への贈り物です。どうぞお納めください」
頷いたガラテア様が、差し出されたそれを両手で受け取る。
「まあ、重いのですね。布……でしょうか?」
不思議そうにしつつ、またカードの入った封筒を受け取る。こちらにも、四葉の印が押された蝋で封がしてある。
「これが皆様のお役に立ちます事を願います。お二人のお名前が連名で記されていますね」
笑顔のガラテア様が差し出して見せてくれたカードには、見慣れた二人の文字で名前が記されていた。
「それで、お二人は何を贈ってくださったのですか?」
興味津々のニーカの言葉に、笑顔で頷いたガラテア様が包みにかけられていたリボンを解いて包みを開いた。
包みの中から出てきたそれに、ガラテア様だけでなく一緒に見ていた二人も言葉を失った。
「こ、こんな見事なサンプラーのレースは、初めて見ます……」
半ば呆然と広げたそれを見て呟いたクラウディアの言葉に、ニーカも言葉もなく頷くしかない。彼女はそもそもこんなにも大きなサンプラー自体、見るのも初めての事だ。
「じゃあ、まさかこっちは……」
クラウディアが、巾着になっていて縛ってあった袋の口のリボンを解く。
中を見た彼女が絶句するのを見て、慌ててニーカも自分の包みの口を縛るリボンを解いて中を見た。
「うわあ、すごい! レースがぎっしり入ってるわ。あ、でも破れてるね。これ?」
叫んだ二人が袋の中から取り出したレースの数々を見て、ガラテア様が満面の笑みになる。
「これは良きものを頂きましたね。どれも素晴らしいアンティークのレースですよ。恐らくですが、貴女達がレースを習う事をどこかでお聞きになって、身に付ける為ではなく、見本として使えるアンティークのレースを贈って下さったのでしょうね。大事になさい。本当にどれも素晴らしい百年以上前のレース職人の手によるものですよ」
それを聞いて、二人の目が輝く。
「確かに、言われてみればこの破れたレースってすごく細い糸ね。それにこれって、どうやって編んでいるのか全然分からないわ。ねえディアは分かる?」
「ええ、これって多分だけど、全部ボビンレースだと思うわ。凄い。こんな細い糸で葉を編むなんて……」
クラウディアは、以前ブレンウッドの街の神殿にいた時に、少しだけボビンレースを習った事がある。とても難しくて、なかなか上手く出来ず、綺麗に仕上がらなくて苦労した思い出しかない。たったそれだけの知識で見ても、ここにあるレースがどれも桁違いに上手に作られている事だけは理解出来た。
「喜んでいただけた様ですね。では、私はこれで失礼致します」
笑顔のクッキーの言葉に、弾かれた様に二人が立ち上がり、ガラテア様も続いて立ち上がった。
「本当に素晴らしい品々をありがとうございます」
ガラテア様の言葉に、クッキーも笑顔で深々と頭を下げた。
「こちらこそ、良い仕事をさせていただきました。また、お届けした品に何か問題がございましたら、いつでもご遠慮なくお問い合わせください」
ガラテア様に自分の商会と名前が書かれたカードを差し出したクッキーは、一礼して部屋を出て行った。
半ば呆然とそれを見送った二人とガラテア様は、扉が閉まるのを見てから、まるで少女の様に歓声を上げて大喜びで手を叩き合った。
そんな彼女達を、窓枠に座ったブルーのシルフは満足そうに眺めていたのだった。




