シヴァ将軍からのお願い事
「えっ、トケラをですか?」
その日の夕食の後、大人数で夕食を食べた後、皆でお酒を囲んで和やかに話をしていた時に、シヴァ将軍から、実はおりいってお願いがあるのですが、と切り出されて言われた内容にタキス達は揃って驚きの声を上げた。
今使っているのは普段は使っていない窓の無い広い部屋で、この大人数では居間で一緒に食べられなかった為、大きな机を倉庫から取り出して並べて全員一緒に食べられる様に急遽用意した部屋だ。
その為、シヴァ将軍のその言葉に、ロディナの人たちが全員揃ってタキス達を見たのだ。
その話というのは、トケラを一年ほどロディナの竜の保養所に貸し出してくれないかという内容だった。
「ですがその、トケラはここでの畑仕事や薪運びなどの力仕事には欠かせない子です。お役に立ちたいのは山々ですが、正直あの子を連れて行かれると我々が困るのですが……」
「ああ、もちろん、代わりのトリケラトプスは用意します」
当然の様に言われたその言葉に更に驚く。
騎獣として飼い慣らされているトリケラトプスは、非常に高価で数も少ない。ラプトルの様に安価な値段では手に入らないのだ。その為、敷地の広い地方貴族であっても個人でトリケラトプスを飼っているのはごく一部だけで、実際にトリケラトプスを使っているのは殆どが軍関係なのだ。それ以外だと物流関係と馬車で人を運ぶ事を生業にしている業者や、大手の商隊を抱える商会くらいだろう。
しかも、トリケラトプスは体が大きい為に無理をさせて怪我をすることが多い。トケラがそうであった様に、その多くが足の怪我となる。傷んだ足では大きすぎる体重を支えきれない為に、少しの怪我でもその殆どが再起不能となってしまうのだ。ましてや旅の途中に怪我をされると、もうそこで終わりになってしまう。トケラが街道沿いで怪我をしたまま放置された様に、怪我をしたトリケラトプスは厄介者として嫌がられるので、個人で所有している人はほとんどいないのが現状なのだ。
なので、重量物を運ぶ一部の業者や長旅をする移動商隊を率いる行商人など以外は、複数のラプトルに引かせた馬車を使うのが一般的なのだ。
「ロディナでは、もちろんトリケラトプスの繁殖も行っておりますが、正直に申し上げてラプトルの様に簡単では無いのです。番いにはなってくれるのですがなかなか卵を産みません。それに、生まれた卵が死んでしまう確率も高いのです」
シヴァ将軍の説明に、周りの騎竜の繁殖に詳しい人達が揃って苦い顔で頷いている。
「そもそも絶対数が少ない為に、気を付けないと近親交配が起こり兼ねません。その為、今ではロディナでも新たに繁殖させようにも、番いの相手となる雄のトリケラトプスが少ないのですよ。オリヴェル王子様のおかげで、オルベラートから何頭かは定期的に交換する事が決まったくらいです」
「成る程。ええと、トケラは気にしたことがありませんでしたが、雄なんですか?」
タキスの質問に、苦笑いしたシヴァ将軍が頷く。
「ええ、そうですね。それに怪我をしたのだという足を見せていただきましたが、骨が折れた状態でありながらあそこまで回復したというのは、正直言って本当に驚きです。とても回復力が強い個体であると思われます、それにここで接していて分かりましたが、トケラはとても賢い。詳しい説明は割愛いたしますが、トケラは我々がロディナで繁殖させているどの血統のツリーとも違うのです。三本角や嘴、爪の特徴を見れば我々にはどの血統の子なのかが分かりますのでね。新しい血を入れるのは、繁殖する我々にはとても重要で大事な事なんです。無理を言っているのは承知の上ですが、どうかお願いします」
シヴァ将軍だけで無く、アンフィーをはじめとしたロディナの人達全員に改まってお願いされてしまい、タキス達三人は戸惑う様に顔を見合わせた。
「どうか顔を上げてください。分かりました。トケラでお役に立てるのでしたら、どうぞ連れて行ってください。これだけお世話になっている将軍閣下のお願いを無碍に断るほど、我々は恩知らずでは無いつもりですから」
タキスの言葉に、ニコスとギードも苦笑いしつつ頷いている。
「おお、お聞き入れいただけますか。これは有難い」
一転して笑顔になったシヴァ将軍は、隣にいた職員と顔を寄せて相談し始めた。
「では、彼らが帰る際に、今連れてきているチョコを代わりに置いていきます。素直な良い子ですので大丈夫だとは思いますが、念の為我々がいる間に一通りの農作業をさせてみてください。もしも嫌がる様であればすぐに別の子をご用意します」
彼らが来る際に、大量の食料や人数分の荷物を運ぶ為にトリケラトプスが引く荷馬車が同行していたのだ。確かに、トケラと変わらないくらいの大きさの子なので、それほど扱いにも困らないだろう。農作業を嫌がられてしまってはどうしようもないが、確かにまずはやってみるべきだろう。
「分かりました。では雨が止んだらギードにお願いして幾つかやらせてみましょう」
タキスの言葉に、横で聞いていたギードが手を打った。
「ならば、西側の畑の奥に残っている切り株を起こそうと思っておったから、丁度良いのでその子にやってみてもらう事にいたしましょう。切り株起こしは、指示する人とトリケラトプスの息が合わねば出来ませんからな。逆に言えば、どの程度指示を聞いてくれる子なのかを判断するにはうってつけの作業ですからな」
「ああ、さすがによくご存知だ。それは良いですね。是非お願いします」
笑顔になったシヴァ将軍の言葉に、ギードも笑って持っていたグラスを上げた。
「トケラの子供が誰かのお役に立てるのなら、我々も嬉しゅうございます。ここにいる限り、少なくとも同胞との出会いは皆無ですからな」
笑ったギードの言葉に、皆も笑顔になる。
「新たな出会いに感謝と祝福を」
「良き出会いがあります様に」
タキスとニコスの言葉に、その場にいた全員が手にしたグラスを上げて乾杯した。
「さて、ロディナにトケラがいたら、果たしてレイは気付くであろうかなあ?」
定期的に、竜騎士達がロディナに来ると聞いていたタキス達は、ギードのその呟きに小さく笑った。
「どうでしょうかね?」
「確かに、トリケラトプスを複数同時に見る事なんて滅多に無いが、今ここにいるトケラとチョコは、明らかに違うと分かるぞ」
ニコスの言葉に、ギードも笑って頷く。
「しかし、全く違う場所で、何も知らぬのに何頭ものトリケラトプスの中にトケラがいたら、果たしてトケラだと気付くかと言われたら……自信が無いのう」
腕組みをしたギードの言葉に、タキスもう少し考えて頷く。
「確かにそうですね。では、レイがトケラに気づくかどうかは楽しみにしておいて、ロディナからの報告を待ちましょう」
タキスのその言葉に、シヴァ将軍が小さく吹き出した。
「賭けるか?」
笑ったギードの言葉にタキスも笑う。
「良いですよ。私は気付くと思いますね」
「ワシも気付くと思うぞ」
「俺も気付くと思うなあ」
三人の言葉に同時に吹き出す。
「残念、これでは賭けにならんな」
笑うギードの言葉に、聞いていた周りの人達も揃って吹き出し、部屋は笑いに包まれたのだった。




