新しい物と古い物
「大変お待たせいたしました。どうぞご覧ください」
クッキーと一緒に来ていた、以前カウリの台座を注文した時も来ていた見覚えのある年配の男性が一礼して声をかけてくれた。
すっかり話し込んでいたレイとクッキーが慌てて振り返る。
「では、どうぞ。気になる品があればご遠慮なく仰ってくださいね」
クッキーにそう言われて、とにかくレイは綺麗に並べられたレースを見て回った。
「こちらがご希望のボビンレースになります。手前の列は新しい品、奥の列はアンティーク、つまり大体百年以上は古い物になります」
古い物を持って来たと言われて、レイは驚いてクッキーを見た。
「レースは、古い物の中には今ではもう再現不可能なものも多いのです。女神の神殿の巫女である彼女達への贈り物だと伺いました。それならば、身に付けるためというよりは、こういった普通では手に入らないアンティークを贈られるのが良いと思いますね。彼女達もレース編みはするでしょうから、古い技法で編まれた実物を持つというのはとても勉強になりますからね」
「彼女への贈り物に、古い物を贈っても良いの?」
「もちろん、何でも良い訳ではありませんよ、単に古いだけで値打ちの無い物なら問題ですが、レースや食器、あるいは家具や道具など、しっかりと手入れされて大切に扱われてきた良い物は、古いほうが値打ちが出る場合もありますからね」
「へえ、そうなんだ、初めて知りました」
感心したようなレイの様子に、クッキーも笑顔になる。
「ここにお持ちした物は、どれも状態も良く評価の高いものばかりです。一部、汚れやシミがついているものは少々値段が下がります。ですが、見本として手元に置かれる為の物なら少しくらいの汚れやシミは大丈夫ですよ。あるいはこれのようにレースの一部だけが残った物などもお値段は安くなっております。これも見本としては使えますが、実際にはもう千切れてしまっていて使えませんね」
そう言ってクッキーが手にしたのは、レイにはただの襤褸の端切れのように見える。しかも端の部分は完全に千切れて解れた糸がそのままになっている。
「ですがご覧になってください。この細い糸を。これほどの細い糸を紡げるお方は、今ではもうほとんどいないと言われていますね」
そう言ってクッキーが見せてくれたその端切れのような破れたレースは、確かに一本の糸が髪の毛よりも細い、極細の糸で編まれている。模様も、絡まるような蔓草と房状になった小花の模様で、残っているのは一部だけだが、確かに繊細でとても綺麗に見える。
現れたニコスのシルフ達も笑顔で何度も頷いているので、古くて破れていても大丈夫のようで安心した。
「この糸を紡いだのか。これは確かに凄いな」
隣で一緒に見ていたルークが、クッキーの手元を覗き込んで感心している。
「そうなの?」
確かに細い糸だが、ディーディーなら紡げそうなのに。
「これは是非、購入候補に入れてやれ、これほど細い糸で編まれたレースは貴重だよ」
真顔のルークにそう言われて素直に頷いたレイは、その端切れのようなレースを一旦別に置いてもらう。
「これも同じくレース編みをなさる方にはおすすめですね」
次にそう言って広げてくれたのは、これもごく細い糸で編まれた大きなレースだが、それは普段見るレースとは全く違っていた。
「へえ、面白い。並んだ四角い枠の中に色んな模様が入っているんだね」
それを見たレイが、驚いたように覗き込みながらそう呟く。
それは正方形が幾つも繋がった形になっていて、それぞれの四角が全部違う模様になっているのだ。
「これはサンプラーと呼ばれるレースで、古い物ですがとても良い状態で残っている一品です。これは文字通り見本帳、つまり様々な技法をそれぞれの四角の中に入れて編まれている見本のレースなんです。初心者の方がこれを見て練習する為のいわば教科書なわけです」
「へえ、これは凄い。これは絶対に贈ってやるべきだぞ。俺もレース編みのサンプラーは幾つか見た事があるけれど、ここまで細かくて正確に作られたサンプラーは初めて見るよ。これは素晴らしいな。一体何処で手に入れたんだい?」
感心しきりのルークの言葉に、振り返ったクッキーが笑顔になる。
「グラスミアの郊外にある貴族の古い別荘を我が商会が丸ごと引き受けた際に手に入れました。埃の積もった家具の奥にもう一つ古い引き戸の箪笥があったんです。それを見たシルフ達がいきなり大騒ぎを始めましてね。それで、これは絶対に良いものがあると確信して引き戸を開けたんです」
「これがそこに?」
「はい、他にも何枚もかなり良い状態で保存されていたレースが出てきました。ウィンディーネ達にかなりの時間をかけて綺麗にしてもらったんですが、幾つかはシミが残ってしまいました。これ以上取ると糸そのものが崩壊しかねないと言われて、もうこの状態で販売する事にしたんです。ですが貴族の方でレース編みを習われる方は、ほとんどが十代の女性ですからね。なのでこのような古いサンプラーよりは、新しい綺麗な物を好まれるんです。もちろん、サンプラーでも新しいものも多くございますが、あくまで個人的な感想ですが、やはり古い物の方が技法も、そして糸の細さも桁が違うと思いますね」
笑ってそう言うと、新しいレース網の中から、別の大きなサンプラーを取り出して広げてくれた。
並べてみると、クッキーの言った意味が分かった。
確かに、新しい方は糸も太いし、素人目に見ても編み方も何だか簡単そうに見える。
「クラウディアは、神殿の中でもお針子としての腕はかなり優秀だって聞いた事があるからね。俺は絶対にこっちを勧めるよ」
レイの耳元で、小さな声でクッキーがそう言ってくれる。
「分かりました。じゃあこれもお願いします。あ、ねえ、両方贈るのはどうですか?」
新しい方のサンプラーも、見本としては必要なのでは無いだろうか?
クッキーは黙ってラスティのところへ行くと、彼に手帳を見せて何やら相談を始めた。
「確かにこれは絶対に両方贈るべきだと俺も思うな。それなら俺も協賛してやるからこうしよう。レイルズは、彼女が自分の手元に置けるような端切れのレースや小さめのレースを贈ってやればいいよ。それでこの二つのサンプラーは、俺とレイルズの連名で女神の神殿へ贈ることにすれば良い。そうすれば、彼女達だけじゃなくて、レース編みを習う他の巫女達にも遠慮無く見てもらえるだろう?」
「ああ、それは良いですね。もしや、女神の神殿にオルベラートからレース編みの指導の方がお越しになるのですか?」
振り返ったクッキーが、目を輝かせてルークに尋ねる。
「耳敏いなあ。そうだよ。だけどまだ正式な発表はされていないからそのつもりでな」
素知らぬ顔でルークがそう言うと、そっと口元に指を立てた。
「かしこまりました。ご助言感謝します」
深々と笑顔で一礼するクッキーと、苦笑いしているルークをレイは不思議そうに見ていた。
今のやりとりも、どうやら何か言葉には出ていない意味があるみたいだ。
「後で教えてやるよ。じゃあ後は自分で端切れや小さいレースを探せよ。俺は自分の贈り物を選ばせてもらうからさ」
不思議そうに自分を見ているレイの視線に気付いたルークが、笑って肩を竦めてそう言いレースの並んだ机を指差した。
そこには先ほどのような千切れたレースの破片や、何に使うのかさっぱりわからない不思議な形のレースなど、様々な状態の古いレースが山のように積み上げられていたのだった。
「絶対無理です〜! 助けてクッキー!」
悲鳴を上げてクッキーの腕に縋るレイを見て、ルークが笑ってその肩を叩いた。
「残念だけど彼は今から俺が借りるからな。お前は、まずは自分が良いと思うのをとにかく集めてみろよ」
ルークの言葉にもう一度悲鳴を上げたレイは、今度はルークの腕に縋って声を上げて笑ったのだった。




