今日の予定
「ねえルーク。ちょっと教えてもらっても良いですか?」
朝練を終えて部屋に戻る途中、レイは何やら真剣な様子でルークにそう話しかけた。
「おう、改まってどうした?」
真剣なその様子に不思議そうに振り返ったルークは、首を傾げている。
朝練の時はいつも通りだったし、特に大きな怪我も無いので、そんなに真剣に聞かれる理由がすぐに思いつかなかった。
「あ、あのね。彼女達に失礼したお詫びをしたいんです。それで……」
ああ、それか。と内心で納得したルークは笑ってレイの背中を叩く。
「おお、自分から言い出すとは成長したな。一応、俺から二人とジャスミンにはお菓子の詰め合わせを贈るつもりなんだけどな」
「あ、お菓子とかの方が良いですか?」
困ったようなその様子に、ルークは少し考える。どうやら何か贈りたいものがあるみたいだ。
「別にお菓子でないと駄目ってわけじゃ無いよ。何か希望の品とかあるのか?」
素知らぬ風で聞いてやると、わかりやすく彼の表情が変わる。
「あのね、さっきブルーと話をしていて、オルベラートのレース編みって人気があるって聞いたんです。それで、その……」
「ああ、良いんじゃないか。特に巫女達はオルベラート産のレースなんて見る機会はないだろうから、見本としても喜ばれるぞ」
それを聞いたルークは、先日神殿のジャスミンの指導担当の一人であるフォーレイド神官から聞いた話を思い出した。
「聞いた話なんだけど、今回オリヴェル王子殿下がお越しになり、両国の間で文化交流をもっと深めようって話が進んでいるんだよな。ほら、精霊魔法の合成に関してもそうだろ。それでその一環として、オルベラートからレース編みの職人が何人も技術指導に来てくれるらしい。もちろん城の職人達との交流が主な目的なんだけど、女神の神殿の巫女達にも、ええと何て言ったっけ……そうそう、ボビンレースの編み方の指導をしてくれるんだって言ってたぞ。綺麗なんだけどすごく難しいらしいぞ」
ルークの説明に、レイは目を輝かせて頷く。
「ティア妃殿下のドレス、すごく綺麗だったものね」
「ああ、あれは確かに凄かった。オルベラートの職人の意地と誇りをありったけ詰め込みました! って感じだったよな。もちろん習う巫女は全員じゃないけど、彼女達は三人とも習う予定に入ってるって聞いてるから、もし贈るのならボビンレースを贈ってやれよな」
「はい、えっとラスティが朝練に行ってる間にポリティス商会に連絡してくれるって言ってたんですけど、今日の予定ってどうなってますか?」
「ああ午後からは予定が入ってるけど、午前中は事務仕事を手伝ってもらう予定だったから、午前中なら抜けてくれても構わないぞ。なんなら俺もご一緒させてくれよ。ちょっといくつか俺も別件で贈り物にしたいからさ」
ラスティはすでに今日のレイの予定を聞いているので、手配するなら午前中に来るように言ってくれているだろう。ルークはそう判断して笑ってそう言った。
「はい、じゃあ選び方とか教えてください」
「あはは、もちろん良いぞ。贈り物の相談に乗ってやるよ」
「お願いします!」
笑顔で頷いたルークは、笑うレイの綺麗な三つ編みを突いた。
「そう言えば昨日も思ったけど、それ、良いじゃないか」
左右のこめかみの辺りに作られたごく細い三つ編みは、今日も明るい黄色の紐で括られている。
「シルフ達の渾身の三つ編みです。ヘルガーとラスティが感心してたよ。こんなに細かくて綺麗な三つ編みをしっかり編むのは、専門の人でも大変なんだって」
「ああ確かにそうだろうな、うん、良いと思うぞ」
「はい、シルフ達が飽きるまで、しばらく好きにさせます」
嬉しそうに笑って、もう一度ルークを振り返る。
「えっと、そう言えば午後からの予定って何があるんですか?」
「ああ、アルジェント卿が一の郭の屋敷で午後のお茶に誘ってくださってるから行っておいで。場所は護衛のキルートが知ってるよ」
「僕、一人ですか?」
「保護者が必要か?」
からかうように言われて、レイは慌てて首を振った。
「大丈夫です。じゃあ、午後からは一の郭のアルジェント卿のところですね」
「ああ。夕方以降はアルジェント卿が教えてくださるから、お前はそのままご一緒すれば良いよ」
「分かりました」
もしかしたらまた子供達と遊べるかもしれないと、密かに楽しみにしているレイだった。
部屋で軽く湯を使って着替えたレイは、ルークやラスティ達と一緒に食堂で朝食を食べた後は、ポリティス商会のクッキーが来てくれるまでまたルークの資料整理を手伝って過ごした。
「もう、いくら忙しいからって散らかしすぎです。ルーク」
事務所でルークの机の横の資料置き場に山積みになった資料を手早く整理しながら、レイは先ほどからずっと文句を言っている。しかし言葉とは裏腹に、山積みの資料を整理しているその顔はとても楽しそうだ。
「あはは、悪い悪い。一応気をつけてはいるんだけどつい面倒で積み上げちゃうんだよ。だけど一応整理はしてあるんだぞ。どこに何があるかは大抵わかるからさ」
誤魔化すように肩を竦めるルークを見て、レイはこれみよがしのため息を吐いた。
「整理整頓って言葉の意味について、僕達の間には大いなる齟齬があるみたいですね。一度ゆっくり話し合う必要を感じます」
大真面目なその言葉に、自分の机で事務仕事をしていたカウリとヴィゴが同時に吹き出す。
「言うようになったなあ。良いぞ、その調子でどんどん言ってやれって」
笑いながら、妙に嬉しそうにカウリがそう言って頷いている。隣でヴィゴはまだ笑っている。
先日のレイの彼女達への失言は、カウリは当人からも話を聞いたしヴィゴも詳しい報告を受けているので詳細を知っているので、いつもと変わらないレイの様子に彼らも密かに安堵していた。
今はとにかく、彼に様々な経験を積ませるのが最優先だとの考えで一致しているので、これから夏の間は、とにかくあちこちにレイルズを連れて行き様々な人に合わせてやる予定になっているのだ。
その後しばらくして、ラスティがポリティス商会のクッキーが到着したと呼びに来てくれるまで、レイはせっせと資料を片付けて過ごしたのだった。




