精霊王の神殿へ
「おはよう。これで揃ったな」
レイが城にある竜騎士隊専用の部屋に到着した時には、アルス皇子以外の全員が揃っていた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
まさか最後だったとは思わなかったので慌てて謝ったが、元々彼らは城に泊まっていた事を思い出した。
「俺達は城に泊まってたんだから、先にここにいて当然だって」
ルークの言葉に、皆も笑って頷いている。
「そうでしたね。えっと、もう行くんですか?」
「ああ、それじゃあ行くとするか」
立ち上がったのは、マイリーとルーク、それからカウリの三人だけだ。
「それじゃ後でな」
「ああ、俺達もすぐに行くよ」
ヴィゴがそう言って手を上げ、若竜三人組も笑って手を振っている。
「どうして、ヴィゴ達は……あ、そういう事ですね」
どうして皆一緒に行かないのか聞こうとして、ここにいる顔ぶれを見て納得した。
「もしかして、ヴィゴやロベリオ達は奥様や婚約者殿と一緒に参列されるんですか?」
「もちろん。他の貴族の方々も皆ご夫婦で参列されるよ」
「チェルシーは、社交界には出ていないから免除だな」
苦笑いするカウリの言葉に、レイはふと思いついてカウリを振り返った。
「ん? どうした?」
「そう言えば、チェルシーは花嫁様の肩掛けには参加したんですか?」
「ああ、あの後も何度かイデア夫人が誘ってくださったんだけど、結局今回は遠慮したらしい。まだ悪阻が酷くて出かけるのは無理みたいだからさ」
妊娠初期の女性には、悪阻と呼ばれる体調が急に悪くなる症状が出る事が多いのだとガンディから教わった。症状としては、急に酷く吐いたり、食欲が無くなったり、貧血を起こしたりもするのだと聞いたのを思い出して、急に心配になった。
「チェルシー、大丈夫なんですか?」
いきなりの心配そうなレイの言葉に、歩きかけていたカウリは驚いたように立ち止まって振り返った。
「ああ、ありがとうな。まあ一時期に比べたらかなり落ち着いてきているみたいだけど、なかなか食欲が戻らなくて苦労しているみたいだよ」
「だけど、妊娠初期ってしっかり食べないと駄目なんじゃないんですか?」
ルークの言葉に、カウリは困ったように頷いた。
「本人も頑張って食べてくれてはいるんですけれどね。元気だった頃に比べたら、まあやっぱりね」
「ゼリーは比較的食べられるって聞くけど、どうだ?」
「ゼリーですか? あのお菓子の?」
不思議そうに目を瞬くカウリに、ルークは苦笑いして頷いた。
「俺の友達の奥方の話だけどね。とにかく酷い悪阻で何も食べられなくて苦労したらしいんだけど、唯一食べられたのがゼリーだったって聞いたぞ。最初は柑橘系のゼリーにして、途中からは果物や刻んだ野菜後は茹でた鶏肉なんかを刻んでゼリーで固めて、それを四角く切って食べてたって聞いたよ。ゼリー自体にも栄養があるからお勧めなんだってさ。まあ、聞く限り悪阻はかなり個人差があるみたいだから、絶対ってわけじゃないけどさ」
「おお、ありがとうございます。聞いてみます」
「こればっかりは、男には代わってやれる事なんてないものなあ。せいぜい、こまめに家に帰って側にいてやれ。それから、何か必要そうだと思ったら迷わず買っておけ。金と道具で少しでも奥方が楽になるのなら、決して無駄じゃないよ」
「あはは、それはヴィゴにも言われました。その辺りは、屋敷に来ていただいている先生と執事に一任しています。少しでも必要だと思ったら遠慮無く買ってくれってね」
「良いと思うぞ。辛い時期を超えて、早く元気になるといいな」
「その辺りは、イデア様に本当に感謝ですね。ああ、ルークのお母上のモリー様にもずいぶんとお世話になっていると聞いています。ありがとうございます」
「少しでもお役に立ってるのなら良かったよ。母上も暇を持て余しているらしいから、きっと孫が出来るみたいで喜んでるんじゃないかな」
その言葉に、カウリは照れたように笑った。
「今年は、めでたい事が続くな」
「本当にそうですよね。ずっとこんな時間が続けばいいのに」
ルークとカウリは、そう言って顔を見合わせて小さく笑い合い、互いの拳をぶつけ合うのだった。
到着した精霊王の神殿は見事に飾り付けがなされていて、まるで花祭りの時の女神の神殿のように花で埋め尽くされていた。
正面の精霊王の大きな彫像の左右には、見た事もない大きな燭台が飾られている。しかし全ての台に蝋燭が差してあるにも関わらず、一本たりとも火が付いていない。他の燭台には数え切れないほどの火のついた蝋燭が捧げられている中で、その二台の大きな燭台は異彩を放っていた。
「あれは、どうして火をつけていないんですか?」
案内された席に座りながら、ちょうど正面横に見える火のついていない燭台を見たレイが不思議そうに首を傾げる。
「糸伝え、って知ってるか?」
ルークの言葉にレイは首を振る。そんな言葉自体、今初めて聞いた。
「ミスリルの鈴の音が、その場を浄化する作用があるのは知っているだろう?」
「聖なる火花と同じですよね」
「まあ、聖なる火花ほど強力じゃないけどな。とにかく、そもそもミスリルには場を浄化する作用がある。それで、糸伝えの際に使われるんだけど、そのミスリルの針金入り糸を使うんだって」
「ミスリルの針金入りの糸? そんなもの、何に使うんですか?」
針金と言われたらレイが思いつくのは、厩舎や竜舎の入って来ては困る箇所に太い針金で柵を作って出入りを禁止するか。後は丸太をつなぎ合わせる際に使うくらいだ。
どれも細長いと言っても、夜会などで軽食に刺さっている楊枝程度の太さはある。
「お前が思っているよりはるかに細いぞ。ミスリルの針金は、髪の毛よりももっと細くなるまで引っ張るらしいよ。どうやってそんなに細くするのかは俺も知らないけどな。そして、そこまで細くしたミスリルの針金をごく細い糸に撚り合わせて、蝋燭の芯同士をその糸で繋ぎ合わせるんだ。ほら、よく見てみろよ。蝋燭の間にごく細い糸が見えるだろう?」
ルークに言われて目を凝らしてよく見ると、確かに蝋燭同士がごく細い糸で繋がっている。しかもあちこちに複雑に繋がり合っているので、まるで蜘蛛の巣がかかっているかのようにも見える。
「あれ、どうするの?」
「まあそれは見てのお楽しみだな」
ルークの言葉に、カウリも笑顔で頷いている。
「カウリは知っているの?」
「おう、こんな大きいやつじゃないけど、俺も結婚式の前にやってもらったよ」
驚きに目を見開くレイに、カウリも優しく笑った。
「楽しみにしてろ。これは本当に綺麗だからな」
その言葉に目を輝かせて燭台を見ていると、丁度ヴィゴとイデア夫人を先頭に、ロベリオ達がそれぞれの婚約者を連れて到着した。
「じゃあ順番に、まずは精霊王にご挨拶だな。今日は参拝するのは精霊王の像だけでいいよ」
ルークの言葉に、レイは真剣な顔で小さく頷き深呼吸をする。
もう礼拝堂の中は、式に参列する大勢の人達でほとんどの席が埋まっている。
まずは精霊王にご挨拶するためにレイもカウリと一緒に立ち上がったのだった。
六の月の最後の三十日。
よく晴れた空の下、いよいよ御成婚の式典が始まろうとしていた。




