式の前に
「まあ……なんて綺麗……」
姫様の待つ部屋へ向かった巫女達一同だったが、通された部屋で見たその花嫁衣装のあまりの見事さに、ただ呆然と立ち尽くしたままそう呟くのが精一杯だった。
「どうぞ、そんなところに立っていないで入って頂戴な」
笑った姫様の声に、部屋に通されたところで立ち止まって呆然としていた巫女達一堂が我に返る。
「た、大変失礼を致しました」
リモーネの言葉に。ティア姫様が笑う。
「ほら、こっちへ来て見てもらって」
側に控えた侍女にそう言う。
巫女達は、案内されてすぐ側まで来たが。間近で見たそのレースの見事さにまた言葉を失う。
そのドレスは真っ白で、全てが細やかな手編みのレース細工で作られていた。
伏せたベルのように、上半身は体に沿ったやや細いラインになっていて、裾に向かって大きく長く広がる形だ。
体に沿って詰めた襟元から袖部分は、全てごく薄いレースで覆われている。
背中側は、腰のあたりでまとめてヒダを取ったドレープが、まるで波のように大きく波打ちながら後ろに広がるような形になっている。
下半身は裾が大きく広がる形になっているのだが、光沢のある生地で作られたスカート部分は大きく広がり、その上に幾重にも重ねられた細やかに透き通るレースの柄が、まるで煌めく宝石のような不思議な模様と輝きを描いていた。
よく見ると、そのレースの生地にはごく小さな真珠が編み込まれていて、光を受けてそれが重なり合う事で不思議な優しい輝きを放っていたのだ。
真珠は、オルベラートが誇る特産品の一つで、それはここオルダムでも高額な宝石として取引されている。
ドレスの胸元にも細やかなごく薄いレース細工で作られた花が幾つも飾られていて、その花の縁の部分には、まるで雨粒のようにあちこちに大粒の真珠が編み込まれていた。
この見事な花嫁衣装を作るために掛かった手間を考えて、巫女達は言葉もなくその美しいドレスのレース細工に見惚れていた。
そしてティア姫様が被っている花嫁のためのヴェールも、気が遠くなりそうなほどの細やかで繊細な、ボビンレースと呼ばれる特別に難しい技法で作られていた。
「国の職人達が総出で、二年掛かりで作ってくれたのよ。まだ夢を見ているみたいだわ」
同じく真っ白なレースの手袋をした手が、嬉しそうに胸元のレース細工の花を撫でる。
「おめでとうございます。姫様。そしてなんと素晴らしいドレスでしょうか。こんな間近で見せていただけて光栄です。もう……感動のあまり、言葉になりません」
クラウディアが両手を握って額に当てて深々と頭を下げ、何とか必死になって言葉を紡ぐ。
放心状態だった巫女達も、それを聞いて慌てたように次々に跪いて同じように両手を握って額に当てて頭を下げた。
ニーカとジャスミンも、感動と興奮で揃って頬を真っ赤にさせて見事なドレスを見上げていた。
「本当に素敵です。夢のようです」
無邪気なニーカの感想にティア姫様も笑顔になる。
「本当に半月の間お世話になりました。どうかこれからも仲良くしてくださいね」
優しいその言葉に、感動した巫女達が改めて頭を下げる。
「姫様、そろそろお時間でございます。参りましょう」
案内役の僧侶の言葉に、小さく頷いたティア姫様がゆっくりと立ち上がる。
「ええ、行くわ」
小さく呟き、侍女達に手伝われてゆっくりと部屋を出て行った。
巫女達はその場で跪き、出て行くティア姫様の姿が見えなくなるまでずっと目を輝かせて見送っていたのだった。
ティア姫様の周りでは、大はしゃぎした大勢のシルフ達や光の精霊達が祝福の拍手を贈りながら輪になって取り囲み、ゆっくりと歩くその後をついて行くのだった。
「はあ、そろそろ時間だな。それじゃあ行くか」
「そうだな。こんな機会は一生一度だろうから心して見させていただこう」
部屋に戻って第一級礼装に着替えを済ませたマークとキムは、そう言って立ち上がり改めてお互いの背中側を確認し合った。
彼らは、神殿内部での式には参列せず、式が終わった後にお二人が出てこられる中庭に神殿の僧侶や巫女達とともに整列して、そこでお二人を祝福する事になっている。
とはいえ、神殿内で式が行われている間も中庭では特別な祭壇が設けられていて、式に参列しない人達が祝福の花と祈りを捧げられるようになっているのだ。
オルダムの街でも、今日は夜明けと同時に祝福の祈りが唱えられ、各神殿でも特別に飾られた祭壇が用意されていて、街の人々がこぞって神殿にお二人を祝福するために参拝に訪れている。
キムの額には、本部へ戻った時には大きな湿布が貼られていて、出迎えた同僚達を驚かせたのだが、今はウィンディーネ達が必死で冷やしてくれたおかげで湿布は剥がされてる。まだタンコブがあるにはあるが、少しだけ腫れて赤くなっている程度なので、もう遠目には殆ど目立たなくなっている。
「惜しかったな。額に大きく湿布を張ったままご成婚の式典に参列すると思って楽しみにしてたのに」
まだ少し赤いキムの額を突っつきながらマークがそう言って笑う。
「やめてくれ、そんな事したら一生言われる」
「当然じゃないか。しかも誰が実験に失敗して怪我をしたんだって?」
「頼むから、それは言わないでくれって!」
顔を覆ったキムの悲鳴に、マークは遠慮なく声を上げて笑った。
額に大きな湿布を貼って離宮から帰ったキムを見て、同僚の第四部隊の兵士達だけでなく竜騎士隊付きの第二部隊の彼らと仲の良い兵士達までが、全員揃ってそれを見た瞬間こう言ったのだ。
大丈夫か、実験に失敗するとそんな怪我をするくらいに合成魔法の研究は大変なんだな、と。
結局それを否定も肯定もしないまま今に至っているので、本部にいるほぼ全員が、キムの額の怪我は実験に失敗した時に出来たものだと思っている。
「貸し一つにしておいてやるよ」
まだ笑っているマークの言葉に、顔を覆ったままのキムは何度も頷いた。
「だってお前、あんなに尊敬の眼差しで見つめられて、ただぶつけただけだなんて言えるか?」
「分かってるよ、俺だって無理だって。だから貸し一つだって言ってるだろう」
顔を見合わせて乾いた笑いを零す二人だった。
何しろ離宮へ行っている間に、彼らの評判はそれこそ天井知らず状態で上がり続けていて、戻るなり合成魔法に関する講義はいつから始まるんだと、待ち構えていた第四部隊の実働兵士達に問い詰められたくらいだったのだ。
「明日からとにかく、まずは講義の為の資料作りだな。だけどその前に、誰かこういった事に詳しい方に教えを乞いたよなあ。講義をするって簡単に言うけど、そもそも何をどうすりゃいのかさっぱり分からないよ」
「だよなあ。やっぱりまずは少佐に相談すれば良いんじゃないか。それで少佐から紹介してもらうのが一番いいと思うけどな」
情けなさそうにそう呟くキムの言葉に、全く同感なマークも大きなため息と共にそう言い、二人揃って顔を見合わせてもう一度大きなため息を吐くのだった。




