自慢話と夜会での一幕
「シヴァ将軍が来られたら、レイの言っていた通り、きっと貴方を羨ましがるでしょうね」
収穫したトマトの入った籠をアンフィーに渡しながらタキスがそう言って笑うと、受け取ったアンフィーはそれは嬉しそうに笑って頷いた。
「もちろん、将軍だけじゃなく一緒に来る他の人にも思いっきり自慢しますよ。何しろ、オルベラートの守護竜であるジェダイト様とモルガナイト様を間近で見てお世話までしたんですからね」
アンフィーは、ニコス達が石の家にオリヴェル王子やティア姫様と降りて行った後も上の草原に留まり、長距離を飛んで来た竜達に水を飲ませたりブラシをかけたりと、細々としたお世話をしていたのだった。
「ええ、気が済むまで自慢なさい。その話が嘘じゃ無いって私達が保証してあげますからね」
タキスの言葉に、アンフィーはトマトの籠を抱えてまた嬉しそうに笑った。
来週には、シャーリーとヘミングの為に、シヴァ将軍がロディナから騎竜の扱いに馴れた者達を数名連れて来てくれる事になっているのだ。
今回は十日ほど泊まってもらい、子竜達にしつけを開始してもらう予定だ。
まずは子竜達を育てる上で一番肝心な警告の鈴を覚えさせ、それから見ず知らずの他人を見ても怖がらないように、また知らない人に触られても嫌がらないように順を追って他の人の手に慣れさせていかなければならない。
さすがに、これらの一番重要な最初のしつけはタキス達には無理だと判断して、アンフィーが中心になってロディナの者達で教える事になっている。また、他人に慣れさせる訓練の為もあって、シヴァ将軍がロディナの職員達を定期的に連れて来てくれる事になっている。
全面的に彼らを信頼して子竜のしつけを任せているタキス達は、誰かが来る時にはアンフィーからそれを聞き、部屋の用意をして受け入れ態勢を整えている。
今年の夏は去年とは違って賑やかな夏になりそうで、タキス達も密かに楽しみにしているのだ。
「ロディナの方々との縁を繋いでくれた、レイに感謝ですね」
小さくそう呟いて、タキスは空を見上げた。
よく晴れた初夏の空には、また雲雀が鳴きながら必死になって青空に向かって上がっていく小さな姿が見えて思わず笑顔になった。
その小さくも凛々しい姿は、遠いオルダムで一人で頑張るレイの姿に重なり、タキスは不意にこみ上げてくる涙を飲み込んだ。
しかしその羽ばたく小さな雲雀は決して孤独では無い。
涙で少し滲んだタキスの目には、その周りに一緒になって上昇しながら雲雀を応援している、大勢のシルフ達の姿が見えていたのだった。
華やかに着飾ったご婦人方のお相手を努めながら、レイは密かにため息を吐いた。
確かにルークの言った通り、この夜会での主役はオリヴェル王子であり、若竜三人組とその婚約者達だった。彼らの周りには常に人が集まっている。
おかげでレイは、ちょっとはゆっくりとダンスを楽しんだりお菓子を食べたり出来ているのだ。
ダンスでは、レイはティンプルのお相手を務めた。彼女はいつもはロベリオのダンスのお相手を務めていたのだが、婚約者殿が戻られた事でお役御免になったらしい。
レイもダンスはかなり慣れて来たので、いつ足を踏むかと心配して踊れないほどでは無くなった。
ゆっくりと、レイよりは頭一つ小さな彼女をリードしながらふと思った。
こんなにも綺麗で可愛らしい彼女には、一緒に踊る婚約者の方はおられないのだろうか?
グラントリーから、主だった貴族の方々の友好関係や婚姻関係なども習った覚えがあるが、彼女達の名前は無かったように思う。
ダンスが終わって下がろうとした際、気になって思わず彼女を見てしまった。
「あら、どうかなさいまして?」
不思議そうに見上げる彼女のふんわりとした前髪がレイの顎に当たりそうになって慌てて一歩下がる。
「失礼しました。何でもありません」
「そうですか。では、ありがとうございました」
恐らく誤魔化した事に気付かれていただろうが、彼女は素知らぬ顔で引いてくれた。
何故かは分からないが、これはこちらからは話題にしない方が良い気がしたのだ。
密かにため息を吐き、下がって飲み物をもらった。
今夜の夜会は、ダンスとおしゃべりが中心なので、飲み物はお酒が中心だし、食事は軽い軽食のみでお菓子もそれほど大掛かりなものは用意されていない。どれも片手でつまめるような小さめのもので、果物も綺麗に切り分けられていて、どれもそのまま一口で食べられるように工夫されている。
今レイが飲んでいるのはシードルと呼ばれるりんごの発泡酒で、軽めのお酒なので気に入っている。
まだあまりきついお酒は飲めない事もあり、だいたいいつもこれを飲んでいるのだが、ルーク達によるとこれはお酒ではないらしい。
「そう言えば、マークとキムとカウリも一緒に街の居酒屋の黒竜亭に行った時に、初めて時に飲んだのもこれだったね」
あの時飲んだ居酒屋のリンゴ酒はごく軽い炭酸で味や香りも薄く、確かに全く酔わなかった。
しかし、今飲んでいるこれは、酔いはしないが炭酸もかなり強くリンゴの香りもかなり濃厚だ。
「ワインの時にも思ったけど、お酒って本当に同じのがないくらいに味が違うね」
手にしたグラスのシードルを見ながら、小さな声でそう呟く。グラスの縁に座ったニコスのシルフが笑って頷いてくれた。
「おや、酒の味が少しは解るようになってきたかね?」
からかうようなその言葉に慌てて振り返ると、ワインのグラスを持ったゲルハルト公爵が笑顔で立っていたのだ。
個人で地方の酒を取り寄せるくらいにお酒好きな公爵にしてみれば、今のレイルズの呟きは聞き逃せなかったのだろう。
「いえ、まだそれほどではないですけれど、以前黒竜亭で飲んだシードルと、今飲んでいるシードルが、同じシードルって名前のお酒だとは思えないくらいに違ってる事は解ります」
大真面目なレイルズの答えに、ゲルハルト公爵は遠慮なくひとしきり笑ってから、ワゴンの側にいた執事を呼んだ。
「それなら少し変わった赤ワインがあるんだけど、良ければ飲んでみたまえ。これも経験だ」
差し出されたそれは、言われた通りに濃い赤のワインだ。
「いただきます」
一礼して執事からグラスを受け取り、まずは香りを味わう。
「爽やかな香りですね。でもちょっと……」
「燻製っぽい香りがするだろう?」
「あ、確かにそんな感じです」
この不思議な香りを何と表現したら良いのか困っていると、公爵が助け舟を出してくれた。
「これは長い時間樽で熟成されるワインに見られる香りの一つだよ。好みは分かれるだろうが、私は気に入っているよ」
少し飲んでみたが、これはあまり好みの味ではない。刺激が強くて味わう余裕が無いのだ。
「ううん、僕はもうちょっと甘い方が好きですね」
口に合わない時は正直に言って良いと聞いていたので、素直にそう答える。
「やっぱりそうか。それならこっちかな」
笑ってまた別のワインを渡されて受け取る。
「甘い香りがします」
香りをかいだだけで嬉しそうな笑顔になる。間違いなく、今まで飲んだワインの中でも一番の甘い香りだ。
「いただきます」
口にして更に笑顔になる。
まるでジュースのような、いやジュースなんかよりももっと濃厚で贅沢な甘さだ。それなのにお酒の味わいもしっかりとある。
「美味しいです。これはどこのワインなんですか?」
目を輝かせるレイに、公爵も嬉しそうに執事からボトルを受け取り説明を始めたのだった。
『どうやら今夜の夜会は、あの四人以外はのんびり出来そうだな』
燭台に座ったブルーのシルフの言葉に、ニコスのシルフ達も笑顔で頷く。
『確かにすっかり楽しんでいるみたいですね』
優しいその言葉に、ブルーのシルフも嬉しそうに頷く。
『ふむ、レイもこう言った場に慣れて余裕が出てきたようだな。良い事だ』
満足そうにそう呟くと、ふわりと浮き上がって愛しい主の元へ向かうのだった。
周りのシルフ達も人々の隙間を楽しそうに飛び回りながら、時折、机に置かれたワインのコルクを転がして遊んでいるのだった。




