花嫁の到着
オリヴェル王子御一行と若竜三人組を石の家に案内して、とにかく一旦客間に通してお茶を振る舞った。
普段は使わない客間まで、いつも掃除をしていて良かったと、この時ばかりは本気で思ったニコスだった。
一息ついたところで、ギードの案内で石の家の様子を一通り案内して周り詳しい説明をした。
建築と設計を大学で専攻したと言っていた通り、岩に穴を掘る際の力学的な話まで飛び出し、ギードは嬉々として説明していたが、ティア姫様を始め二人以外にはさっぱり分からず、呆れた様に苦笑いしながら専門家二人の話を黙って見ていたのだった。
あまり時間は取れないとの事で、途中でロベリオが申し訳なさそうに申し出て、見学会はそこまでになった。
「世話になった。茶をご馳走様。それに滅多にない良きものを見せてもらった、感謝するよ」
巨大な竜の背に乗った満面の笑みのオリヴェル王子の言葉に、ニコス達は改めて深々と頭を下げた。
「お世話になりました。ニコス。どうかお元気でね」
オリヴェル王子の後ろに乗ったティア姫の言葉に、顔を上げたニコスも笑顔になる。
「どうかお幸せに。姫様のご健康とお幸せを毎日精霊王に祈らせて頂きます」
目を見交わして笑顔になる。
「それじゃあ参りましょう」
ロベリオの言葉に、頷いたオルヴェル王子は顔を上げる。
「フルゴル、それじゃあ出発だ」
優しい声で竜にそう話しかけると、喉を鳴らした竜は巨大な翼をいっぱいまで広げてゆっくりと上昇した。
イクセル副隊長の乗った竜と、若竜三人組の乗った竜達がそれに続いてゆっくりと上昇する。
五頭の竜は、上空を何度か旋回した後、綺麗な編隊を組んでゆっくりと東に向かって飛び去って行った。
ニコス達は草原からその姿が完全に見えなくなるまで、ずっと黙って見送っていたのだった。
完全に竜達の姿が見えなくなってから、ニコスはその場に膝をついて大声を上げて泣いた。蹲って号泣した。
幼かったティア姫様は、人見知りが激しく、特に幼少期は周りの者達はすぐに泣き出すティア姫に苦労していた。しかし、何故かニコスの主人であった年配のデルバード伯爵にとても懐いていた。
ニコスの主人は、そんなティア姫様をとても可愛がり、一時期は何処へ行くのもお供するほどだった。当然一人息子であるウィリディスとも仲良くなり、彼の後もよく付いて回っていた。
そうなると、歳の近かったオリヴェル王子も当然の様に一緒になって遊びまわり、ニコスが面倒を見る事も多かったのだ。時に厳しい事も言うが、いつも笑顔を絶やさない優しいニコスに、二人はとても懐いてくれた。
遥か遠い懐かしい記憶が、まるで昨日の事の様に思い出されて、ニコスはしばらくの間立ち上がることも出来なかったのだった。
「良かったな」
ようやく泣き止んだニコスに、ギードがたった一言それだけを言う。タキスとアンフィーは黙って見守っている。
「ああ、良かったよ」
立ち上がったニコスは、涙を拭いながら照れた様に笑い、ただそれだけを言った。
顔を見合わせて笑い合ったその後は、もう何事もなかった様に残りの子達をブラシしてやるためにそれぞれにバケツを持って草原に散らばったのだった。
「良かったな」
竜の背の上で自分の背中にしがみついている妹に、オリヴェル王子はそれだけを言う。
「うん、ありがとう兄様」
俯いたままのティア姫もそれだけを言うと、なお一層大きな背中にしがみついたのだった。
若竜三人組とイクセル副隊長は黙って巨大な竜を守る様に編隊を組み、オルダムに到着する直前まで誰も口を開かなかった。
女神の神殿では、迎えの為の準備が整い、関係者一同は到着を今か今かと待ちわびていたのだった。
悪天候のせいでティア姫様の到着が一日遅れたので、地上を先行していた関係者達一行は、先ほど一足早くオルダムに到着している。持参した荷解きも終わり、同じく揃って姫様の到着を待っているところだ。
姫様を乗せた竜は、いつもの竜達が降りる城の西側にある中庭にまずは降りる。
その場では、ティア姫様はベールを被った状態で完全に顔を隠していているので、他の者達には顔は見せない。
オリヴェル王子の案内で竜から降りた後は、用意されたラプトルが引く花で一杯に飾られた小さな竜車に乗り、そのまま女神の神殿の分所へまでやって来るのだ。
分所に到着早々、まずは花嫁のための専用の大きな祭壇の前で到着の祈りが捧げられる。ここから結婚式当日まで、ほぼ切れ目なく様々な祈りや祭事が続くことになっているのだ。
食事や就寝でさえも、祭事の一つとして行われる。
「ああ、見えてきましたよ。ティア姫様がご到着です!」
遥か先に見えてきた、見慣れた竜達の姿にオルダムの街からも大歓声が上がる。
みるみるうちに近づいて来るその竜達に、整列したクラウディア達も手を握りしめて見上げていた。
「どんな方なのかしらね」
ニーカの声に、クラウディアも見上げたまま頷く。
「そうね、きっと素敵な方よ。しっかりお世話して差し上げないとね。頑張りましょうね」
「うん、頑張ろうね」
上を見上げたまま話す彼女達の目には、もう目の前まで近づいて来た巨大な竜達の周りを、大喜びで一緒に飛び回る大勢のシルフ達の姿が見えていたのだった。




