朝食会にて
夜明け前の時間であっても、参拝に訪れる者達は途切れる事がない。
この時間帯の参拝者の多くは、第二部隊と第四部隊の制服を来た兵士達で、様々な勤務時間があるのだと、レイは彼らを見て密かに感心していた。
確かに考えてみたら、お城の警備だけでも、一体どれほどの兵士達が働いてくれているのだろう。
多くの人達に守られ支えられている事を改めて思い知って、レイは彼らに心から感謝した。
七点鐘の鐘の音の少し前に、休んでいたアルス皇子達も戻って来て、改めて女神像に順番に朝の挨拶をして花を捧げた。
その後、七点鐘の鐘の音でまた全員揃って立ち上がって出てきた巫女や僧侶達と一緒に祈りの唄を捧げた。
それが終わると、竜騎士達は揃って礼拝堂を引き上げて奥殿へ向かった。
「そっか、朝食はマティルダ様がご招待くださってるんだったね」
「去年はレイルズは一人だけ後から来たんだったな」
隣を歩くルークの言葉に、レイは去年の花祭りを思い出していた。
「去年もいろんな事があったよね」
「そうだな、確かにそうだ」
苦笑いしたルークは、レイの頬を突っついた。
「まあ、誰かさんは、去年も今年も、話題には事欠かなかったな」
「きょ……去年はルークだって大騒ぎだったじゃない」
丁度奥殿の敷地に入ってすぐだった為、出迎えに来た執事が驚いたようにレイを見る。
「あ、失礼しました」
慌てて謝るレイを見て、ルークと若竜三人組が揃って吹き出す。
「お元気でよろしゅうございます」
にっこり笑った執事の言葉に、何故だか全員から笑われてしまい、元気でどうしていけないのか、何だか納得出来ないレイだった。
今日の部屋は、いつもの部屋よりももう少し大きな部屋で、陛下とマティルダ様だけで無く、カナシア様とスカーレット様も出て来られた。
順番に挨拶をして席についたが、レイの席はやっぱりマティルダ様の隣だった。
そして、当然のように猫のレイが駆け寄って来てレイの膝を占領した。しかし、今回は最初からレイの席にはその為の膝掛けが置かれていて、何とか膝に爪を立てられずに済んだのだった。
並べられた豪華な朝食を頂きながら、和やかに話をする女性達を見ていてふと思った。
「あの、今日はサマンサ様がいらっしゃらないようですが、どうかなさったのですか?」
昨日は、とても楽しそうにしておられたのにどうしたんだろう?
もしかして、昨日無理をなさって具合が悪くなったりしてないだろうか。何だか心配になってきたレイは、小さな声でマティルダ様に尋ねた。
「大丈夫よ。心配しないでね。義母上は、朝はいつもゆっくり休んでいただいているのよ。だからまだベッドでぐっすりね」
振り返ったマティルダ様に片目を閉じて楽しそうにそう言われて、レイも安心して笑顔になった。
「それなら良かったです。お身体の為にも、ゆっくり休んで頂かないといけませんよね」
「そうね、お膝の痛みは相変わらずのようだけど、他はすっかり回復なさってお元気よ」
「えっと、サマンサ様のお膝は、どうしたんですか? 転んで怪我でもなさったのですか?」
そういえばいつも膝が痛いと仰っていたが、原因は何だろう。ブルーの癒しの術は効かないのだろうか?
また心配になって来てそう尋ねた。
「母上の膝は、年齢からくるものだからな。こればかりは国一番の名医であっても治す事は出来んよ。出来るのは、対処療法で患部の痛みを和らげて休ませてやるだけだ」
マティルダ様の隣に座った陛下の言葉に、レイは目を瞬いた。
「それはつまり、年齢から来る痛み……ですか?」
「まあ、そう言う事だ。年齢から来る老い、衰え。こればかりは、王族であろうと平民であろうと、等しくやって来るからな。長命種族が羨ましくないと言えば嘘になるが、人にしか出来ぬ事も多い。己が持たぬものを羨んでも何も解決はせんからな」
苦笑いをする陛下の言葉に、皆も頷いている。
レイも同意するように頷いたが、不意に以前ガンディが、友であるアルカディアの民が亡くなったと聞かされた時の事を思い出した。
「以前、ガンディと一緒にいた時に、彼の古い友人が亡くなったって知らせを聞いたんです。その時にガンディが言っていました。長命種族の定めとは言え、置いていかれる事には何度体験しても慣れないって」
その言葉に、陛下が目を見開き、それから大きく頷いた。
「確かにその通りだろうな。自分よりも若かった者達が、自分を置いて逝く。多くの人間が暮らす社会の中にいれば、感じるその孤独感は尚のこと大きかろう。そうだな。どの立場であっても、それぞれに良き事もあれば、互いを羨む事もある。ならば、我らに出来るのは、己に与えられたそれぞれの役割を、命尽きるまでしっかりと果たすだけの事だ」
目を輝かせて大きく頷くレイに、陛下も笑顔になる。
「期待しているぞ、しっかり学んで成長すると良い」
大きな手を伸ばして、マティルダ様越しにレイの肩を叩いてくれた。
「はい、精一杯頑張ります!」
無邪気なその返事に、その場は笑いに包まれたのだった。
「休むと言えば、マイリー、聞いたぞ。最近では定期的に休みを取るようになったそうではないか」
突然の陛下の言葉に、スープを飲んでいたマイリーが噎せて咳き込み、全員がほぼ同時に小さく吹き出した。
「まあ、たまには休んだ方が体調も良いようですのでね」
平然と答えたマイリーに、ルークとヴィゴ、カウリの三人が遠い目になる。
「良い事だ。しっかり休みなさい」
そんな三人を見て、アルス皇子と陛下は笑って何度も頷いた。
そこから、巡行期間中にマイリーがゆっくり一日休みを取った日に、休憩室で火を起こして料理をすると言う、ある意味無茶な事をした時の話になり、詳しく聞いた陛下や女性陣が揃って大笑いになったのだった。
しかも驚いた事に、陛下は罪作りをご存知なかったのだ。
皆で大騒ぎをして食べたと言う話を聞いて、どうして自分にはそれが届いて無いのだと言いだし、皆で慌てる一幕もあった。
「陛下、罪作りはいわば庶民の食べ物でございます。素材は生の魚の臓腑。それを塩漬けにした物でございます。つまり、魚を捌いた際に出る副産物、余り物で作ったのが始まりです。まさかそのような物を、献上出来るわけもございません」
陛下の横で給仕をしていた年配の執事が、食べてみたいと言う陛下に、一礼して詳しく説明した。
「ああ、成る程。分かったよ」
やや咎めるような口調のその言葉に、陛下は苦笑いして頷いた。
「いつもそうだが、こう言う時には、己の身分を残念に思うな。皆が美味いと言う物を食べられんとは」
「父上、我が儘を仰らないでください。周りの者が困りますよ」
「お前は食べたくせに」
アルス皇子の言葉に、ムキになって言い返す陛下を見て、レイは目を見開く。
「気にするな、いつもの事だよ」
笑ったルークの言葉に、レイはもう驚きのあまり言葉も無く、ただただ目を丸くして、陛下とアルス皇子が笑いながら話しているのを見ていたのだった。




