レイルズの思いと願い
深夜を過ぎた頃、竜騎士達も交代で仮眠を取るために分かれて下がった。
最初の組は、マイリーと、ルークとレイ、そしてタドラの四人だ。
分所のすぐ横にある建物の中にも竜騎士隊専用の部屋があり、仮眠はそこでするのだ。裏へ回って外に出た四人は、その建物に向かう。
その時、彼らに駆け寄る小柄な巫女がいて四人は足を止めた。
「ああ、ニーカ!」
レイの言葉にニーカは笑って頷き、レイの前で、両手を握って額に当て跪いて深々と頭を下げた。
「心からの感謝と尊敬を貴方に。ディアを守ってくださってありがとうございます」
目を瞬いたレイは、慌てたようにニーカの手を取って立たせた。
「そんな改まったお礼なんてやめてよ。当然の事だって」
「それでも、何度でもお礼を言うわ。それに格好良かったわよ。きっとディアも惚れ直したんじゃなくて?」
最後は小さな声で告げられた言葉だったが、聞こえていたルークとタドラが揃って吹き出す。少し離れたところで立ち止まっていたマイリーは、聞こえていただろうが知らん顔だ。
「うん、確かに格好良かったよな」
「そうだね、確かに格好良かった。助走も予備動作も無しに、あの距離をいきなりのひとっ飛びだったものね」
「おお、いきなり後ろから飛んで行ったから、俺はわりと本気で驚いたぞ」
ルークとタドラは顔を見合わせて、そんな事を言って小さく笑っている。
「実は僕も、自分で自分にちょっとびっくりしたよ」
肩を竦めるレイの言葉にニーカも笑った。
「ディアはもう落ち着いたみたい。大丈夫だから安心してね。スマイリーとラピスのシルフが、彼女についていてくれるって言うから、任せてきたの。私は蝋燭の守りに戻るわ」
「ご苦労様。僕らは今から仮眠で、また交代で戻るからね」
「ご苦労様それじゃあ」
「うん、頑張ってね」
一礼して走っていく彼女を見送り、レイ達は竜騎士隊専用の部屋へ向かった。
「それにしても、今回の騒ぎには驚いたな。夜会なんかでは、まあ刃傷沙汰とまではいかなくても、ああ言う男女の諍い自体は珍しくなかったりするんだけどなあ」
建物の中に入り、一旦広い応接室へ入る。
ため息を吐いたルークの言葉に、マイリーとタドラも苦笑いしつつ頷いている。
驚きに目を見開くレイに、振り返ったルークはニンマリと笑った。
「嫉妬や悋気は女性からだけじゃ無いぞ。実は男の方が拗らせると厄介だったりするからな。レイルズ君も気をつけたまえ」
「僕、そんな事しません」
口を尖らせるレイを見て、今度はマイリーまで一緒になって笑った。
「さあ、どうだかな。ま、それじゃあ休むとするか」
笑ってレイの胸元を突っついて、ルークは手を挙げてさっさと仮眠室に行ってしまった。マイリーもさっさと部屋に行ってしまった。
レイとタドラは顔を見合わせて小さく笑い合い、それぞれ用意された部屋に入った。
花祭りの前夜にも使ったそこはとても狭い部屋で、多分、兵舎の風呂場と洗面所の方が広いくらいだろう。
灯されたランプが二箇所。小さな椅子と机、それから寝るためのベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だ。
剣帯を外し、上着を脱いで金具に引っ掛ける。軽くベルトを緩めて襟元も寛がせると、靴を脱いでから、ベッドに横になった。
実はこれくらいの部屋の方が落ち着いて眠れるレイだった。
「火を落としてくれる」
レイの言葉に、シルフ達がランプの火を消してくれる。火をつける時は、火蜥蜴に頼むが、消してもらう時はシルフ達でも出来る。
真っ暗になった部屋の天井を見上げて、レイは小さなため息を吐いた。
「ブルーいる?」
『ここにいるぞ。どうした?』
優しい声で答えてくれたブルーのシルフを見て、レイは笑顔になった。
「えっと、ディーディーはどうしてる?」
小さな声で尋ねる。
胸元に引き上げた毛布をぎゅっと握る手に、無意識に力がこもる。
『大丈夫だから安心しなさい。部屋に来た時は少々ショックを受けていたようだが、今はもう落ち着いてよく眠っている。我とクロサイトとで癒しの歌を届けてやったぞ』
優しいブルーのシルフの言葉に、レイは笑顔になった。
「そっか、ありがとうね。でも、しばらくは見守っていてあげてね、きっと、本当に怖い思いをしたと思うからさ」
レイの小さな呟きに、ブルーのシルフは枕元にふわりと飛んで来て優しくその頬にキスを贈った。
『気をつけておこう。其方は安心して休みなさい。明日も忙しいのだろう?』
「うん、ありがとうブルー。おやすみ」
目を閉じたレイは、すぐに静かな寝息を立て始めた。
しばらく、そんなレイの横顔を見つめていたブルーのシルフは、やがて小さく頷くとくるりと回って消えて行った。
少しだけ仮眠を取ったレイは、起こされる前に起き出して、まず火蜥蜴に頼んでランプに火を入れてもらった。
それから部屋を出た所にある洗面所で、顔を洗って口を濯ぐ。鏡を見て後頭部に寝癖が無い事を確認してから、部屋に戻って強張った身体を解すように大きく伸びをして、少しだけ柔軟体操をして身体を解した。
それから、剣置き場に置いてあった剣を手に取る。
左手で鞘を掴んだまま右手でそっと引き抜くと、見事なミスリルの煌めきがランプの光を受けて輝きを放った。
呼びもしないのに勝手にシルフ達が現れて、剣の周りを飛び回っている。
「鉄の剣とミスリルの剣だと、本気で打ち合ったら、あんなに簡単に折れるんだ……」
小さく呟き、あの短剣が当たった辺りを横から顔を近づけて見てみる。
刃こぼれの一つも無い見事な刀身の煌めきを確認して、小さく深呼吸をしてから鞘に戻した。
「出来れば、一生……人を相手にはこれを抜かずにいられたら良いのにね。でも、そんなの無理だよね」
小さく呟き、持っていた剣にそっとキスを贈った。
それならばせめて、これを抜く時には、それが何かを守れるような意味のあるものでありますように、と、願いを込めて……。
「レイルズ、起きてる?」
その時ノックの音がして、ルークの声が聞こえてレイは元気に返事をした。
「はい、今行きます!」
大急ぎで上着を着て、剣帯を装着した。
礼拝堂に戻ったレイ達は、アルス皇子達と交代して、改めて女神像に祈りと蝋燭、それから用意されていた小さな花束を捧げた。
ニーカとジャスミンが元気に蝋燭の守りをしたり、祈りの列に並んでいるのを見ながら、時間いっぱいまで、レイも自分に与えられた役目を一生懸命務めていたのだった。




