朝練とお祝いの相談
本部に戻った三人は、揃って休憩室で休んだ後、戻って来たルークと一緒に食堂で夕食を食べた。
「ああ、明日の奥殿への訪問だけど、最初はお前だけの予定だったんだけどさ、カナシア様やサマンサ様が若竜三人組の話を聞きたいと仰ったらしくてね。結局、俺と若竜三人組も一緒に行く事になったからな」
目を輝かせるレイに、ルークは苦笑いになった。
「俺は完全に付き添い。まあ、若竜三人組がいれば、多分、俺は横で座ってられると思うんだけどなあ」
笑って隣に座るタドラを見る。彼は食べていたパンを置いて顔を覆って突っ伏している。
「多分、お前が一番の標的だろうな」
「やっぱりそうですよね。うわあ、僕、明日はきっと熱が出て寝込むと思います」
笑って突っ伏したまま、まるでレイルズのように叫ぶタドラに、レイとジャスミンが揃って吹き出した。
「諦めて下さい、タドラ。僕も去年、知らずに奥殿へ行って酷い目にあいましたから」
腕を組んで、大真面目にそう言うレイに、今度はルークとタドラが吹き出してしまい、その場は大笑いになった。
その夜は、疲れていた事もあり、部屋に戻ったレイは早々にベッドに潜り込んだ。
「おやすみなさい、明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみなさい明日もラスティにブルーの守りがありますように」
顔を見合わせて笑い合い、額にキスを貰って毛布を引き揚げた。
ランプの明かりを消してから、一礼して部屋を出ていくラスティの後ろ姿を見送ったレイは、真っ暗な部屋の天井を見上げて大きなため息を吐いた。
『お疲れのようだな』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レイは笑ってもう一度ため息を吐いた。
「ピックは今回も大騒ぎだったね。でも、去年と違って皆ずっと笑顔だったもんね。僕も楽しかったよ」
『そうだな。昨年は文字通り、山あり谷ありだったからな』
「そうだね……色々あったもんね……」
小さな声で呟いて、レイは横向きになって枕に抱きついて顔を埋めた。
「ねえブルー、あの時、もしも……もしも僕が花束を取れていたら……ディーディーは……」
しかし、それっきりレイの言葉は続かなかった。
黙ってブルーのシルフがレイの枕元へ行ってそっとふわふわの赤毛にキスを贈った。
『心配は要らぬ。きっと全て丸く収まるさ。其方は、ただ自分の気持ちに誠実であれば良い』
「うん……ありがとう、ブルー」
消えそうな小さな声でそう言ったレイは、もう一度枕に抱きついてうつ伏せになった。
「おやすみ。明日は、奥殿に、お呼ばれ、なんだ、よ……」
大きな欠伸を一つしたレイは、そのまま静かに寝息を立て始めた。
『おやすみ、良い夢を』
愛しい主の滑らかな頬に、想いを込めたキスを贈ったブルーのシルフは、そのままそっと肩を押して上向きにすると、腕を枕の下からそっと抜き出して優しく体に沿わせて置いてやった。
そのまま窓辺に座ったブルーのシルフは、静かに寝息を立てる愛しい主を、ずっと黙って見守っていたのだった。
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、眠い目を擦りながら起き上がり、大きく伸びをした。
「おはよう、ブルー。今日のお天気は?」
『おはよう。今日は一日良いお天気のようだぞ。風が少し吹く程度だ』
「ええ、風は駄目だよ。あの大きな花の鳥に、強い風は困るって」
慌てたように叫ぶレイの言葉に、あちこちに現れたシルフ達がコロコロと声を立てて笑った。
『大丈夫だよ』
『大丈夫だよ』
『花の鳥に強い風は吹かせないよ』
『優しく花を揺らすんだよ』
『そうそう』
『そうそう』
楽しそうにそう言って笑うシルフ達は、一斉にレイの服や真っ赤な髪の毛を引っ張って遊び始めた。
「あはは、そうだよね。ちゃんと分かってくれてるよね。ごめんね」
近くのシルフに笑ってキスをすると、髪の毛を引っ張るシルフ達をそっと捕まえて順番にキスをしてから解放した。
笑ったシルフ達は、レイの頬や額にキスを返して次々にいなくなった。
『相変わらず我が主は精霊達に大人気のようだな』
からかうようなブルーのシルフの言葉に、レイは笑って肩を竦めた。
それからそっとブルーのシルフにもキスを贈るのだった。
朝練にはルークと若竜三人組が揃って参加していて、大喜びのレイは、準備体操の後は四人を相手に木剣を使って手合わせしてもらい、何度叩きのめされても嬉々として立ち上がり、夢中になって汗を流していたのだった。
「相変わらず元気だなあ」
「全くだ。さすがにあれのお相手は、俺達には無理だよってな」
乱取りを終え、休憩していたマークとキムの二人は、大喜びでルークと手合わせをしているレイルズを半ば呆れつつも、揃って笑って眺めていたのだった。
しっかり汗をかいた朝練の後は、一旦部屋に戻って軽く湯を使って着替え、揃って朝食の為に食堂へ向かった。
「午前中はゆっくりしててくれて良いぞ。昼食は、奥殿で頂くことになっているから、少し早めに向かうからな」
「分かりました」
パンをちぎりながら返事をしたレイは、それなら午前中は何をしようか考えていて、不意に思い付いてルークを振り返った。
「ん? どうした?」
「あのね、カウリへのお祝いってどうすれば良いですか?」
その言葉に、若竜三人組とルークが顔を見合わせる。
「あ、じゃあお前も一口乗るか?」
「何をするの?」
「山羊を贈るから、お前も一緒に協賛してくれれば良いよ」
ルークの言葉にレイは目を瞬いた。
「ええ、山羊を贈るの? またどうして?」
カウリが山羊を欲しがっているのだろうか? レイは意味が分からなくて不思議そうに首を傾げる。
「奥さんが妊娠したら、父親の友人達が乳の出る黒角山羊を贈るのがオルダムの貴族の間では伝統なんだよな。カウリの屋敷も裏庭に小さいけど家畜用の厩舎があって山羊を飼えるようになってるんだ。まあ、贈ったところで世話をするのは使用人達だけどな」
笑ったロベリオの説明にレイも納得したように頷いた。
もしも本当に山羊を贈っても、カウリもチェルシーもお世話なんて出来ないだろうとちょっと心配だったのだ。
「山羊の乳は、母親だけでなく、産まれたばかりの赤ん坊にも飲ませられるからね。万一、母親の母乳が少なかったりした時の為にも、乳の出る山羊は必要なんだ。ちなみに贈ったと言っても、ずっと屋敷で飼うわけじゃないよ。山羊はロディナの農家と契約しておくから、赤ん坊が生まれても一年の間は、交代で乳の出る黒角山羊が常に屋敷にいるように手配してもらうんだよ」
「へえ、そんな事するんだ。凄いね。あ、じゃあ僕も、その手配の為のお金を出せば良いわけだね」
「そうそう、後日、お前の所にも伝票を渡しておくから、ラスティから詳しく聞けば良いよ」
「分かりました、じゃあ出しますのでよろしくお願いします」
真剣なレイの言葉に、皆も笑顔になる。
「可愛いだろうね、赤ちゃん」
子供達とはここへ来て何度も一緒に遊んだりしたが、本当の産まれたばかりの赤ん坊はレイは見た事も触った事も無い。
来年が今から楽しみになり、レイは堪えきれない笑みを浮かべるのだった。




