贈り物の準備と初めてのお願い事
「ありがとうございました!」
もう時間だからと、揃ってガンディの部屋を辞した一同は、見送ってくれたガンディに改めてお礼を言ってから、二手に分かれて解散した。
タドラとレイは、ジャスミンと一緒にクラウディアとニーカを女神の分所へ送り届けてから本部に戻り、カウリはクローディアとアミディアをヴィゴの屋敷まで送り届けて、そのまま一の郭の自分の屋敷へ帰る事にしたのだ。
「それにしても、今年は本当にめでたい事続きになりそうだね」
女神の分所への廊下を歩きながら、タドラが嬉しそうにそう言って笑う。
「本当だね。良い事もっともっといっぱいあると良いね。あ、でもカウリのところに子供が生まれるのは来年になってからだね」
無邪気なレイの言葉に、少女達も笑顔になる。
「タドラ様とディアの時には、私達も花嫁の肩掛けに刺繍をさせていただきます」
満面の笑みの三人に、タドラは照れたように笑って頷いた。
「ありがとうございます。どうかよろしく。でもその前に、ロベリオとユージンの結婚式があるからね。是非、こちらにも素敵な刺繍をお願いします」
これも満面の笑みで頷く少女達は、揃ってレイを振り返った。
「レイルズもよ」
「そうよ、是非素敵な刺繍をお願いね」
「凄いわ。刺繍が出来るなんて」
目を輝かせる少女達の言葉に、悲鳴を上げて必死になって首を振るレイだった。
「ありがとうございました!」
分所まで送ってくれたレイルズ達に笑顔でお礼を言って、本部へ戻る三人を見送った。
そのままいったん部屋に戻って服を着替えてから、夕刻のお勤めの為にそれぞれの場所へ向かった。
その日のお勤めを全て終えてようやく部屋に戻った二人は、揃ってベッドに倒れ込んで、しばらくの間黙って天井を見上げていた。
クロサイトの使いのシルフや、他にも大勢のシルフ達が現れて、嬉しそうに手振っている。
揃って嬉しそうに手を振り返してからゆっくり起き上がった。
「ねえ、思ってたんだけど、カウリ様へのお祝いってどうしたら良い? 私達に出来る事って、何かあるかしら?」
高価な品物は贈れないが、いつもお世話になっている彼に子供が産まれると言うのなら、是非何かお祝いがしたい。
そう思ったニーカは、目を輝かせてクラウディアを見た。
「そうね、産まれるまでまだ時間があるものね。それなら二人で赤ちゃんの為のおくるみ、それから帽子や靴下を編みましょうか。それなら男の子でも女の子でも使って頂けると思うわ。あ、でも糸が無いわ。どうしたら良いかしら?」
おくるみや帽子などを全部編もうと思ったら、かなりの量のレース用のごく細い糸が必要になる。
勝手に使える小遣いなど無いに等しい彼女達は、それに気付いて困ってしまった。
普段の神殿でのお勤めの一環として作る編み物には、寄付で頂いた綿から、レース用の細い糸を自分達で紡いで使うのだが、何がどれだけあるかはその時にならないと分からないし、そんなに沢山、一度にもらえるわけでは無い。そもそも糸を紡ぐだけでも大変な作業だ。
以前、降誕祭の時に皆にプレゼントしたハンカチーフでも、半年以上掛かって少しずつ集めた糸でコツコツと作ったのだ。
『公爵様にお願いすれば?』
ニーカの肩に現れたクロサイトの使いのシルフが、当然のようにそう言って笑っている。
「ええ、そんな勝手は言えないわよ」
慌てるニーカに、クラウディアも慌てて頷く。
『じゃあどうするの?』
『寄付される糸なんかでは全然足りないと思うけどなあ』
二人は困ったように顔を見合わせた。
「ニーカ、確かにクロサイト様の仰る通りだわ。ここは公爵様に相談するべきよ。せっかく贈るんですもの。良い物を贈りたいわ」
「それはそうだけど……良いのかしら?」
戸惑うニーカに、クロサイトの使いのシルフは何度も大きく頷いた。
『大丈夫だよ』
『それともラピスの主にお願いする?』
『僕はそれでも良いと思うけど?』
クロサイトのシルフの言葉に、いつの間にか現れたブルーのシルフが、その横で当然のように頷いている。
「駄目よそんなの!」
慌てて首を振る彼女達を見て、二人のシルフは呆れたようにため息を吐いた。
『じゃあどうするの?』
『どっちでも良いけどさ』
呆れたようにクロサイトのシルフが言い、ブルーのシルフも笑って頷いている。
『あの公爵なら、相談すれば、糸ぐらい喜んで幾らでも用意してくれるだろうさ』
もう一度、困ったように顔を見合わせた二人は、意を決したように頷き合った。
「じゃあ公爵様に相談しましょう。どう思う? 今すぐに相談しても良いかしら?」
真剣な様子のニーカが、クラウディアに質問する。
しかし聞かれたクラウディアも答えを持っているわけでは無い。また困ったように顔を見合わせる。
「どうなのかしら? ええと……ねえシルフ、ディレント公爵閣下は、今、何をしていらっしゃる?」
クラウディアの質問に、現れたシルフが笑って答えてくれる。
『お客様と大事なお話中。勝手に話しかけては駄目よ』
「そうなのね。あ、じゃあ以前お聞きした執事様にお願いすればいいわね」
「あ、そうね、それが良いわね」
公爵からの伝言や届け物などがある時、いつも来てくれる優しい年配の執事がいるのだ。グレッグと名乗ったその執事には、何か困った事があれば、いつでもシルフを通じて自分に連絡してくれて良いと言われている。
公爵に直接連絡するのは、彼女達にはまだ無理だろうからと思われての配慮だ。
「ええと、グレッグ様は何をしていらっしゃる?」
クラウディアの言葉に、シルフは口を開いた。
『倉庫でリネンの整理をしているわ』
『呼ぶ?』
「そうね、じゃあお願い出来るかしら」
クラウディアの言葉に頷いたシルフの後ろに、何人ものシルフ達が現れて並ぶ。
『おおクラウディア様如何なさいましたか?』
先頭に座ったシルフが、グレック様の言葉を伝えてくれる。
真剣な顔で頷き合ったクラウディアは、ここにニーカもいる事を告げてから、カウリ様への贈り物を作る為の糸が欲しい事を伝えた。その際に自分達が何を作ろうとしているのかも伝えておく。
単に糸とだけ言ったら、毛糸が届くかもしれないし、縫い糸が届くかもしれないからだ。
それから、自分達はレースを編む為の糸を紡げる事も一緒に知らせる。
『かしこまりました』
『レース用の糸ですね』
『早急にお届け致します』
「わがままを言って申し訳ありませんが、どうかよろしくお願い致します」
二人が揃って両手を握って額に当てて深々と頭を下げる。
『この程度の事ではわがままなどとは申しませんよ』
『頼っていただけてありがとうざいます』
『一つ質問してもよろしいでしょうか?』
逆に聞かれて、顔を上げた二人は不思議そうに頷いた。
「はい、もちろんです。私達で分かる事でしたら、何でもお答え致します」
『そう言った細工物を作る為の糸は足りませんか?』
「そうですね、綿花を領地で栽培されておられる貴族の方が、時折ご寄付くださる物を、街の神殿と分けて使ったりしています。必需品ではありませんから、神殿の予算で買うわけにはいかないので、ご寄付が頼りですね」
『編み物や刺繍をなさる方は大勢いらっしゃいますか?』
「もちろんです、神殿では巫女の修行の一環としてお針仕事は一通り習いますので、皆器用にこなします」
その言葉に、シルフは満足気に頷いた。
『かしこまりました』
『では他の皆様方にもお使いいただけるよう』
『様々な糸を定期的にお届け致しましょう』
『もちろん街の神殿へも』
それを聞いた二人は、大喜びで歓声を上げた後、慌てたようにその場で跪いた。握った両手を額に当てて深々とシルフに向かって頭を下げる。
「お心遣いに、心から感謝致します」
「ありがとうございます、頂いた糸は決して無駄に致しません!」
そんな二人に、もう一度満足気に笑ったシルフは、挨拶をしてくるりと回って消えていった。
それを黙って見送った二人は、最後のシルフが消えるのを待って、手を取り合って大喜びで歓声を上げた。
窓辺に並んで座って、その様子をずっと見守っていたクロサイトとブルーのシルフは、揃って満足気に頷き合っていたのだった。




