春の花畑と思わぬ出会い
竜の鱗山を超え、街道から少し離れた上空を飛行して、ブルーは目的の花畑に到着した。
「うわあ、本当に見渡す限り花しかないね」
感動したレイの言葉に、ブルーは嬉しそうに喉を鳴らした。
「ちょっと降りてみようっと」
そう言って、高いブルーの背から軽々と飛び降りる。
当然のようにシルフ達が守ってくれ、レイをゆっくりと花畑に降ろしてくれた。
「綺麗だね、本当に全部の種類の花が咲いてるみたいだ」
花畑の遥か奥の方には、低木の茂みがあり、その茂みも全て真っ白な小花で覆い尽くされている。
その奥にある木立は、やや薄紅色の花が満開に咲き誇り、森を薄紅色に染め上げていた。
「あの木って、もしかして瑠璃の館の庭にあった木?」
「ああそうだ。夏にはさくらんぼが実る木だぞ。この辺りは春が遅い。なので今が四の月の頃から六の月の頃の花までが、同時に咲いているのだ」
「そうなんだ。へえ綺麗だね。でも、どうしてそんなに一斉に咲くの?」
足元の、もうオルダムでは見なくなった春の花を見ながらそう尋ねると、ブルーは大きく喉を鳴らして花畑を見渡した。
「ここは、冬将軍が来るのがオルダムよりも早い。そして去るのはオルダムよりも遅い。その為、森の木々や草花は春の訪れとともに一斉に咲き誇り、早々に果実を実らせ種をつける、そうやって次の世代へと命の種を残すのさ。そして、又冬将軍が来たら長い眠りにつく」
納得したように、レイは改めて花畑を見渡した。
「花畑はここだけなの?」
「もちろん他にもあるぞ。行ってみるか?」
「うん。お願い!」
そう言うと、急いでブルーの腕に登って背中に上がった。
「では、行くとしよう」
ゆっくりと上昇するブルーの背から、レイは眼下に広がる花畑に視線を奪われていた。
しばらく、レイの希望でその場に留まり花畑を眺めていたが、ようやく満喫してブルーの首を叩いた。
「お待たせ、じゃあ次に行こう」
「うむ、では飛ばすぞ」
嬉しそうにそう言い、またしても一気に速度を上げる。
レイは誰に遠慮する事もなく、大きな声を上げて笑った。
「おや、先客がいるな」
次に到着した場所は、竜の鱗山の麓にある渓谷で、石の家のような、断崖絶壁の岩場の下に、見事な花畑が広がる場所だった。
しかし、ブルーの言葉通り、そこには驚いた事に先客がいたのだ。
「ねえ、もしかしてあれって……アルカディアの民?」
柔らかな春の花々が広がるその場所に、まるで黒い染みのような真っ黒な衣装を身に纏った数人の人達がいて、全員呆気に取られて上を向いていた。
彼らの手には、花や緑の新芽がある。足元の籠にもそれらあるのを見てレイは納得した。
「そっか、あの人達も春の花でお薬を作るんだね」
彼らが摘んでいるのは、どれも薬の元になる草花なのが分かってレイは笑顔になる。
「お邪魔しちゃ悪いかな?」
そう呟いた時、突然目の前に一際大きなシルフが現れた。
『おいおい、オルダムの竜騎士見習い様が、こんな所で何してるんだよ。まさかとは思うが、脱走して来たんじゃねえだろうな?』
聞き覚えのある声に、レイは満面の笑みになった。
「ああ、あの時のお兄さんだね。えっとガイだっけ」
ニコスのシルフ達が笑って頷いている。
「おお、そうだよ。脱走して来たんじゃ無いのなら降りて来いよ」
真ん中の人が手を振っているのを見て、レイはブルーのシルフの首を叩いた。
「お邪魔じゃないみたい。降りても良いってさ」
「別に、ここに降りるのに誰かの許可は必要無いぞ」
笑ったブルーがそう言って、ゆっくりと彼等から少し離れた場所に降りる。
「こんにちは!」
手を振り、ブルーの背から飛び降りるレイを見ても誰も驚かない。
「で、こんな所まで来て何してるんだよ。まさか、お前さんも薬草摘みか?」
笑ったガイの言葉に、レイは持って来たお弁当の包みを見せた。
「春の遠足だよ! 今日はお休みを貰ったから、ブルーと一緒に思いっきり飛べるところに来たんだよ」
「春の遠足……」
その言葉に顔を見合わせたアルカディアの民達は、一斉に吹き出し大笑いになった。
「そうだったのか。そりゃあ遠足の邪魔して悪かったな」
笑い過ぎて出た涙を拭きながら、ガイが申し訳なさそうにそう言ったが、その顔は言葉とは裏腹に今にも笑い出しそうだ。
レイも何だかおかしくなって、一緒になって笑った。
「ああ笑った。ねえ、お兄さん達はお昼は? 良かったらご一緒しようよ」
そろそろ太陽が頂点に差し掛かる時間だ。
レイが満面の笑みでそう言うと、また皆が笑った。
「せっかくのお誘いだ、じゃあご一緒させて頂くとするか」
ガイの言葉に、その場にいた三人の男達も笑って頷き、レイの周りに座った。
彼らが取り出した包みを見て、レイはなんとも言えない顔をした。
当然だが、彼らが取り出したのはあの携帯食と似たような雑穀の塊だったのだ。
いかにも手作りのそれは、彼ら自身が作っているもので、レイがいつも食べている軍の支給品と似たようなものだ。
ある程度の人数がいて、拠点となる天幕を張っているような場所なら、ある程度の煮炊き物もするが、このような場合は、お湯を沸かしてお茶を入れる程度で、食べるのはほぼこれ一択だ。
レイは自分の豪華なお弁当を見て、彼らを見た。
「えっと……」
「それはお前さんの弁当なんだから、遠慮せずにちゃんと残さず食べろよ。育ち盛り」
ガイの最後の言葉に、全員がまた吹き出す。
「確かに彼は、我らと違ってまだまだ育ち盛りだな」
バザルトがそう言って笑い、改めてレイを見た。
「以前、オルダムの街で一度お目に掛かっていますね。改めまして。バザルト・ヘルトヴィッヒと申します。バザルトとお呼びください。古竜の主よ」
差し出された大きな手を握る。
「改めまして。レイルズ・グレアムです」
「ネブラスカ・イグナスです。ネブラとお呼びください」
「ルーカス・シェルマンです。そのままルーカスとお呼びください」
若い二人の男達とも笑顔で名乗り合い、握手をした。
皆、硬い武人の手をしている。
目を輝かせたレイは、食事の後でぜひ訓練で手合わせしてくださいとお願いをして、驚きつつも、全員が笑顔で頷いてくれたのだった。
その時のレイは知らなかったのだが、アルカディアの民は、そもそも他人に名を名乗る事は殆ど無い。名乗っても、偽名や通り名程度までだ。
それに、仲間内でしか洗礼名を名乗らない。
しかし、古竜の主であるレイには、全員が敬意を込めて洗礼名を名乗ったのだ。
ブルーやニコスのシルフ達は、その意味を知っていたが、特に何も言わずに笑顔で挨拶を交わす彼らを見守っていたのだった。




