今日の予定とお弁当
部屋に戻ったレイは、軽く湯を使って汗を流してから、いつもの竜騎士見習いの制服に着替えて、ルークやラスティ達と一緒に食堂へ向かった。
「あ、チョコレートだ!」
今日の花祭り限定のお菓子は、葉っぱの形のビスケットの上に、チョコレートのクリームで見事な立体の花が作られていた。
食事を終え、いつものカナエ草のお茶を取ってきてから、ちょっと考えて三つビスケットを取った。
「相変わらず、よく食うなあ」
一つだけ取ってきていたルークに揶揄うようにそう言われて、レイは笑って胸を張る。
「大丈夫です。甘い物は別腹と申しましてな」
これも、お約束になった台詞を言い、ルークと二人で声を立てて笑った。
「ねえ、ルークは今日の予定は?」
「悪いけど、予定があるから相手はしてやれないぞ」
手が空いているなら陣取り盤の相手をしてもらおうかと思ったのだが、残念ながら出かけてしまうみたいだ。
「えっと、じゃあ午後から離宮へ行っても良いですか? 久し振りにブルーに会いたいです」
ルークと反対側に座ったラスティにそう言うと、お茶のカップを置いたラスティが笑顔で頷いてくれた。
「かしこまりました。では、戻ったらラプトルの用意をしておきます」
「お願いします」
ビスケットを齧りながら、レイは笑顔でお皿の縁に座ったブルーのシルフを見た。
「じゃあ午後からは一緒だね。あ……」
不意に何か思いついて、ルークを振り返る。
「ん? どうかしたか?」
同じくビスケットを食べていたルークが、口の中のものを飲み込んでからレイをみる。
「えっと……」
「どうしたんだよ。何か問題でもあったっか?」
心配そうにそう尋ねられて、レイは慌てて首を振った。
「違います。あのね……ちょっとお出かけしちゃ駄目かなって思って」
照れたようにそう答えるレイを見てから、ルークもお皿の縁に座ったブルーのシルフを見つめた。
「それはつまり、ラピスと一緒に、って事だよな」
無邪気に頷くレイに、ルークは困ったように眉を寄せた。
「ちなみに、何処へ行こうとしてるか聞いていいか?」
「えっと、何処って言うか……」
「出掛けていいかと聞きながら、行き先を考えていないって? それはつまり、行き先を言えないって事か?」
不審そうなルークの様子に、レイは慌てて顔の前で手を振った。
「違うよ。あのね、ちょっとだけブルーに乗ってビューンって思いっきり飛びたいなって思っただけです。駄目なら我慢します」
明日の花撒きは楽しみだが、城から一の郭にある広場まで行って戻って来るだけだ。
はっきり言って目と鼻の先である。
前回も思ったのだが、せっかくブルーと一緒だったのに、すぐに戻ってきてしまってちょっと残念だったのだ。
「ああ、そう言う意味か。まあ、確かに気持ちは分かるよ」
笑ったルークはそう言って頷き、改めてブルーのシルフを見た。
「レイルズはこう言ってるが、ラピスなら何処へ行く?」
『ふむ。それならば、離宮からそのまま北に飛んで竜の鱗山を越え、テンベックの向こうにある瑪瑙の丘の辺りが良いのではないか? あの辺りなら、今は一面花畑だろう』
それは普通、例え竜の翼であっても日帰り出来る距離では無い。だが、ラピスには簡単な事なのだろうと予想をつけたルークは、半ば呆れながら頷いた。
「間違い無く?」
『もちろん』
「日が暮れるまでに戻って来る事。それなら、まあ気晴らしだと思っておいてやるよ」
「ありがとうございます! あ、それならお弁当を持って行きたい!」
レイの嬉しそうな言葉に、ルークが小さく吹き出す。
「分かった分かった。まあ好きにしな。若竜三人組に感謝しろよ。本来だったら、見習いのお前とカウリは、花祭りの期間中は休む間も無いくらいにお誘いの嵐なんだからな」
意味が分からなくて目を瞬いていたが、ようやく理解して大きく頷いた。
「えっと、つまり……皆さんが、見習いの僕の話よりも、結婚が決まった三人の話を聞きたがってるって事だよね?」
「まあそう言う事だな。お前は来年以降もいるんだから、誘うのはまた今度でも良いけど、彼らの方は期間限定だからね、お誘いの優先順位に変動が起こってるんだよ」
「ありがとうロベリオ! ユージン! それからタドラ!」
胸元で嬉しそうに手を組んで叫んだレイの言葉に、ルークだけでなく、横で聞いていたラスティ達従卒までもが揃って吹き出して大笑いになったのだった。
「では、料理長にお弁当をお願いしてきます」
ラスティがそう言って厨房へ向かうのを見て、レイは慌てた。
「えっと……」
また自分は、勝手を言って人に迷惑を掛けてしまったのではないか。不意にそんな思いに駆られて、レイは慌てて断ろうと立ち上がった。
しかし、笑ったルークに腕を引っ張られてもう一度座ってしまう。
「離してください。無理な事言ってごめんなさいって言わないと」
困ったように眉を寄せるレイを見て、もう一度ルークが吹き出す。
「お前、正面から見ると、その顔なかなか笑えるぞ」
眉間を突っついてやり、ラスティと話をしている料理長を見た。
「それは彼の仕事だから気にしなくて良いよ。そりゃあ、今から百人前の弁当を昼までに用意してくれって言ったら大騒ぎになるだろうけどさ。それでも頼めば絶対に用意してくれるぞ。だから、一人分くらい、どうって事無いって」
「……そうなんですか?」
「そうさ、俺達だってたまに頼むよ。だから、今言ったみたいに無茶な人数で無ければ、すぐに用意してくれるよ。例えば、使う食材や内容にまで一々口出ししてたら別だろうけどさ。お任せで一人前なんて、すぐに用意してくれるぞ」
ルークの言う通り、料理長は奥に入ってあっという間にお弁当を用意してくれた。
それはレイ達が、残りのカナエ草のお茶を飲み終えた時に、丁度持ってきてくれたくらいに早かったのだ。
「急に無理言って申し訳ありませんでした、大事に持って行きますね」
嬉しそうに包みを受け取ったレイは、目を輝かせて料理長にお礼を言った。
「とんでもございません。いつでも遠慮なくお申し付け下さい。お出掛けになられるとの事。どうぞお気をつけて楽しんできてください」
「はい、ありがとうございます」
一礼して下がる料理長にそう言って、目の前に置かれた包みを嬉しそうに撫でる。
「お弁当作って貰っちゃった。じゃあ、少しお休みしたら、もう行っても良いですか?」
「ああ、好きにすれば良いよ。お前は今日はお休みだからさ」
笑ったルークにそう言われて、レイはすっかり空になったお皿の縁に座っているブルーのシルフに笑いかけた。
「じゃあ、少し休んだら中庭に来てくれる? 鞍を付けないとね」
嬉しそうにそう言うレイに、ブルーのシルフも嬉しそうに頷くのだった。
『お出掛けお出掛け』
『ワクワク』
『ワクワク』
『お弁当お弁当』
『楽しみ楽しみ』
お弁当箱の周りでは、何人ものシルフ達が現れて楽しそうにお弁当箱の包みの結び目を引っ張り始めた。
「あ、駄目だよ。お弁当はここでは食べません」
レイにそう言われて、シルフ達は一斉にレイを見つめる。
『駄目なの?』
『駄目なの?』
『どうして?』
『どうして?』
『お弁当なのに』
一斉に質問されて、レイは笑って首を振った。
「これは、僕のお昼のお弁当だからです」
それを聞いたシルフ達は一斉にコロコロと笑い転げた。
『残念残念』
『お昼なんだって』
『楽しみ楽しみ』
『楽しみ楽しみ』
そう言って交互にお弁当の箱を叩いていなくなった。
「彼女達は、相変わらずだな」
見ていたルークの笑った声に、レイも笑いながら何度も頷くのだった。




