タドラの場合
「えっと、じゃあ屋台を見に行く? それとも、花の鳥を見に行ってもいいね。ディーディーとニーカはもう花の鳥は見たの?」
レイの言葉に、二人は笑顔で首を振る。
「会場前の、まだ動いていない時にチラッと見ただけです」
「すっごく大きくて驚いたわ」
「ジャスミンも大はしゃぎだったものね」
笑い合う二人を見て、レイは慌てて売店を振り返った。
「ねえ、そう言えばジャスミンは? 今日は一緒じゃないの?」
彼女だけ残して来てしまったみたいで、何だか申し訳なくなった。
「ジャスミンの売店担当は明日なんです。今朝、会場前の荷物運びの時には手伝いに来てくれていました。明日は、ご両親が来てくださるんだって喜んでいました」
クラウディアの言葉に、レイは安心して頷いた。
「良かった。一人だけ置いて来ちゃったのかと思ったよ」
「神殿内での作業も、確かに一緒にすることが多いですけれど、別にいつも一緒というわけではありませんよ」
「そうなんだね、てっきりいつも一緒なんだと思ってた」
肩を竦めるレイに、皆も笑っている。
「それじゃあ、行くとしよう」
ヴィゴの言葉に、揃ってまずは花の鳥を見に行った。
途中に通りがかった、去年も買ったどんぐりのお煎餅屋さんで大きな袋を買い、皆で食べながらゆっくりと花の鳥を見て回った。
レイが持っていた投票券は、クラウディアとニーカに全部渡してやり、ヴィゴがもう一冊くれたのでレイはそれを使ってお気に入りの花の鳥に投票して回った。
少女達は手を繋いで大はしゃぎで会場を走り回り、途中からはアミディアもヴィゴの腕から降りて一緒になって大はしゃぎしていた。
屋台で串焼きや甘いお菓子を買ってもらい、行儀悪く食べながら歩く。少女達にとっては、普段は絶対に出来ないような事をしても叱られない貴重な時間だ。
ルークが買ってくれた果物のジュースを、お店の横の椅子に座って皆で交換しながら飲んだ。
ヴィゴだけでなく、ルークとタドラも完全に保護者目線で、はしゃぐ彼女達をしっかりと守っている。
「いやしかし元気だね。レイルズが振り回されてるよ」
「だけど、初日と違って、はしゃぐって言ったって笑ってちょっと走る程度だもの。初日とはかなり違うね」
「そりゃあそうだよ。ってか、男の子と女の子を一緒にするなよ」
呆れたようなルークの言葉に、タドラは小さく笑って周りを見回した。
「あ、レイルズや女の子達が好きそうなお菓子が売ってるよ」
「あ、本当だな。これは買いだろう」
頷いたルークが人数分を頼んで作ってもらう。
それは、甘い生地をごく薄く焼き、薄く切った様々な果物を何枚も挟んで、クリームやチョコレートで飾り付けをして円錐形に丸めたお菓子だ。クリームの上には色付けされた砂糖の粒が散らされている。出来上がったそのお菓子は、ごく薄く削った木を円錐形に丸めた型にそのまま入れて渡してくれる。
まるで甘い花束のようなそのお菓子に、貰った少女達は歓声を上げた。
実は屋台のお菓子としては少々高価なのだが、飛ぶように売れている。
鼻の頭についたクリームやチョコを見て笑い合い、大喜びで甘い花束を食べた。
「今日の花撒きは一点鐘の鐘が合図らしい」
「じゃあ、そろそろ広場の真ん中へ行かないとな」
不意に聞こえてきた若い兵士達の言葉に、最後の一口を飲み込んでいたレイは、もう少しで喉に詰まらせるところだった。
咽せて咳き込むレイに、隣にいたクラウディアが驚いて背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんね、うん大丈夫だよ。慌てて飲み込んだら咽せたみたい」
「気を付けて下さい。喉を詰まらせたら大変です」
怒ったように言われて、レイは慌ててもう一度謝った。
「何やってるんだよ。お前は」
満面の笑みのルークに背中を叩かれて、レイは慌てて知らん振りをした。
何となく花の鳥の飾ってある広場へ戻る。
ニーカとアミディアは、追加で買ってもらったビスケットの詰め合わせの袋をご機嫌で食べながら、何味が出たと言っては大喜びで取り合いっこしている。
それに比べて、先ほどからクラウディアとクローディアの二人は急に喋らなくなった。
手は繋いでいるが、何となく二人ともソワソワしていて落ち着かない。
ヴィゴも同じように何と無く落ち着かず、ルークは完全にそんな皆を見て面白がっている。
そして、レイとタドラもすっかり無口になってしまった。
その時、広場に一度だけ鐘の音が響き渡る。
その音を合図に、広場にいた全員がほぼ同時に空を見上げた。
歓声が沸き起こる。
三頭の見慣れた竜の姿が近付いてくるのが見えた。
今日の花撒き担当は、マイリーとロベリオとユージンの三人だ。
やがて、花祭りの会場の上空に来た三頭の竜は、綺麗な三角形を描いて留まった。
「めでたき祭りの日に、我らより皆様へ贈り物を!」
マイリーの大きな声が広場中に響く。
「竜騎士様!お慈悲を!」
「僕に勇気をください!」
「この子に祝福を!」
あちこちから声が聞こえて、皆空に向かって手を伸ばす。
花束が一斉に撒かれるのが見えて、会場は大歓声に包まれた。
竜が飛んで来るのが見えた時、タドラは広場の真ん中には行かず、花の鳥の少し前辺りに向かって走った。
いつも上空から見ていて、竜の真下よりも、少し離れた前側の方が花束が飛んで来る確率が高い事を知っていたのだ。
マイリーの声の後、一斉に花束が落ちてくるのを見て思いっきり跳んだ。
あちこちから、同じように花束を求めた手が伸びる。
タドラは落ちて来る花束に向かって、それはもう必死になって手を伸ばした。
その時、まるで自分に向かって狙ったかのように落ちて来る黄色い花束が見えて、咄嗟にそれを掴んだ。
歓声を上げて、掴んだそれを抱え込むようにして守り、無事に着地する。
「よし、取った!」
思わず、拳を握ってそう叫んだ。
何人かが笑って背中や腕を叩いてくれる。
慌てて振り返ると、呆気にとられて自分を見ているヴィゴとクローディアと目が合った。
彼女を見つめたまま花束を抱えて戻るタドラに気付いた周りの人達が、一斉に後ろに下がって場所を開ける。
目を輝かせているアミディアと手を繋いだニーカとヴィゴも、小さく笑って頷きそっと後ろに下がった。
クラウディアは、小さく笑って彼女と繋いでいた手を静かに離して、代わりに背中に手をやって少しだけ力を入れて前に押し出してやる。
去年の自分達のように、周りにポッカリと空間が開く。
黙って戻って来たタドラが、クローディアの前に跪いた。
そして、真剣な顔でそっと花束を差し出す。
「ディア、どうか僕と結婚してください」
差し出された黄色の花束を見て、呆然としていたクローディアが唐突に真っ赤になる。
タドラは跪いたまま、笑顔で自分に向かって花束を差し出してくれている。
この目で見た。間違いなく、正真正銘タドラが自力で確保してくれた竜騎士の花束だ。
震える手で、そっと花束を受け取る。
「う、嬉しい……です」
その瞬間、周りから拍手が沸き起こり、立ち上がったタドラが誰かに押されて慌てるのが見えた。しかも、自分の背中も誰かの大きな手が押して、つい前に出てしまう。
直後にタドラに抱きとめられて、何も見えなくなった。
囃立てる声と拍手と口笛。
もう頭の中は真っ白だ。
内心大パニックのまま、必死になってタドラに縋り付いた。
「ディア。ええと……大丈夫?」
困ったようなタドラの声が耳元で聞こえるが、どうしても顔を上げられない。
今の自分は絶対に真っ赤で、これ以上無いくらいのみっともない顔をしているに違いない。
しかし、耳元で聞こえる声はとても優しい。
「受け取ってくれてありがとう。すごく嬉しいよ。あの……」
「あ、ありがとうございます。私も、私も嬉しいです。こんな風に言って頂けるなんて、思っても見なかったから……あの……」
何とか顔を上げてそれだけを言うと、目の前にあるタドラの顔も真っ赤になっているのが見えて思わず小さく笑うと、また抱きしめられて額にキスをされた。
「こら、そこじゃないだろうが!」
誰かの揶揄う声がして、タドラが振り返って顔をしかめて見せる。
「うるさい! ちょっと黙ってて! こっちはもういっぱいいっぱいなんだからね!」
ルークの笑う声が聞こえて、今の声がルークの声だったと気付く。
クローディアはもうどうしていいか全く分からず、また真っ赤になってタドラの胸元に顔を埋めた。
周りから笑う声が聞こえて、その場は温かい拍手に包まれた。




