花馬車の中にて
「ああニーカ、それはこっちへ。護符は見本を出しておいて、言われたらここから出すんですよ」
年配の僧侶の説明に、持っていた箱を開いたニーカは、慌てて返して誤魔化す様に笑った。
「そうでした。申し訳ありません。説明を聞いていたのに」
「沢山種類がありますから、番号を間違えない様にね」
笑って箱を受け取った僧侶は、後ろに置いた棚に、その箱を戻した。
「そこにあるペンダントは全て袋から出してくださいね。飾った分の袋はここに」
次々と指示される品を、ニーカは間違えない様に気を付けながら教えられた通りに並べた。
「袋の追加分が届きました」
ジャスミンが、大きな箱を積んだ台車を押して来る。
彼女も、もうすっかり作業に慣れて台車を押すくらいの事は上手に出来る様になった。
「ありがとう、こっちへお願い」
「はい、ただいま」
コマネズミの様にくるくると忙しなく動き回る巫女達は、こうして楽しそうに開店準備を整えていたのだった。
簡単なテントが張ってあるだけの質素な作りだが、大きな机に並べられた品々は、女神の神殿の細工師達が一年掛けて作ってきた自慢の品々だ。
机の奥では、クラウディアと同じく二位の巫女のエルザが、品物を書いた台帳と持って来た数が合っているかの最終確認を行なっている。
毎年、一日で出した分はほぼ売り切ってしまう為、毎日きちんと数を確認しておくのも大事な仕事なのだ。
「これで終わりね。間違いは無いわ」
頷き合った二人は、台帳を閉じて箱に戻した。
その時。教会の鐘の音が広場に響いた。
「皆様、本日も事故や怪我のない様に頑張りましょう。間も無く開場です」
大柄な神官の声に、あちこちから拍手が起こる。
クラウディアも、慌てて言われた場所に立った。隣には、ジャスミンが走ってきて並び、机の奥側の護符の前にニーカが立った。
「お待たせしました。それでは開場です。どうか善き一日となります様に」
再び先程の神官の声が聞こえた直後、歓声と共にどっと人が雪崩れ込んで来たのだった。
「凄いです。父上。大きなトリケラトプス!」
アミディアは、花馬車の一番前の席に座らせてもらってすっかりご機嫌だ。
「ああ、こういった馬車を引いてくれるトリケラトプスは、大きな子達だからな。後で乗せてもらったお礼を言おうな」
花馬車に乗った時からご機嫌なアミディアは、先程からずっと喋り続けている。
最前列に、ヴィゴとアミディア、クローディアとレイルズが並び、その後ろの席にルークとタドラが座っている。
しかし、クローディアはさっきから一言も口を開かない。
最初のうちは隣に座ったレイは頑張って話しかけて言いたのだが、心ここにあらずの様子でじっと物思いにふける様に時折ため息を吐くばかりで、なんだか話しかけ辛いのだ。
その為、黙り込んだ彼女を挟んでご機嫌なアミディアのお相手をすると言う、ちょっと変な席順になっていたのだった。
「彼女、どうしちゃったんだろうね? お腹でも痛いのかな?」
馬車の縁に座ったブルーのシルフに小さな声でそう話しかける。
『まあ、女の子には色々と考える事が有るんだよ。考えの邪魔しない様にな』
笑ったブルーのシルフにそう言われて、レイも苦笑いしつつ頷いて座り直した。
「それでは皆様、お待たせ致しました。只今より会場へ向けて出発致します。動き始めは少々揺れますので、どうぞお立ちにならない様御願い致します。それでは、どうぞ善き一日となります様に」
乗り場にいた兵士の言葉に小さな拍手が起こり、花馬車が動き始めた。
道中、一の郭の綺麗な道路を通って行く。花馬車の通り道にある屋敷では、どれも見事な花飾りや、花の鳥が玄関先や門柱に飾られていて、乗っている人達を飽きさせない。
どうやらクローディアもようやく機嫌を直してくれたらしく、アミディアとすっかりご機嫌であれが良いこれが良いと、お喋りを楽しんでいた。
「良かった。どうしてだかわからないけど、ご機嫌は直ったみたいだね」
これも小さな声でブルーのシルフに話しかけて、レイは密かにため息を堪えていた。
この年頃の少女は、レイにとっては文字通り未知の生き物だ。
ようやく夜会で女性のお相手をするのにも慣れてきたが、正直言うと、今でもどうやって機嫌を取ったら良いのかさっぱり分からない。
レイの密かな戸惑いを乗せたまま、無事に花祭りの会場に花馬車は到着した。
楽しそうな騒めきが聞こえてきて、皆笑顔になる。
「早く行きましょう!」
クローディアがヴィゴの手を取って嬉しそうに引っ張る。
アミディアを左手一本で軽々と抱き上げたヴィゴは、笑顔で頷いて手を引かれるままについて行ったのだった。
クローディアは混乱していた。
先日休暇で家に戻っていた父から聞かされた話は、彼女に取っては人生の一大事となった。
憧れの人であった竜騎士隊のタドラ様との結婚の話があるのだと言う。
その日の夜は、枕を抱えて部屋に来てくれた母と一緒にベッドに入り、明かりを小さくして両親の馴れ初めを教えてもらった。
初めてのキスの話は、もう枕を抱えて声を上げて転がった。
自分にも、そんなときめきが来るのだろうか。
すっかり大はしゃぎでもっともっと聞かせてとお話をせがみ、ようやく寝たのは、窓の外が白み始めた頃になってからだった。
しかし、父が竜騎士隊の本部に戻ってからは特に何もないまま花祭り当日になってしまった。
タドラ様は巡行に行かれたそうだし、皆様お忙しい時期だ。きっと何か正式な話があるのは来月以降の事だろうと考えて、敢えてその事は考えない様にしていた。
しかし、一人になるといつもあの人のことを考えてしまう。
好きだった読書も刺繍も全く手に付かず、気がつけばため息ばかりついている。
無邪気に猫と遊んでいるアミーが、少し恨めしかった。
それが昨夜、急に父から連絡があり、明日、花祭りの会場に一緒に行こうと言ってくれたのだ。
いつもは、母と護衛の人と一緒に行くので、父と一緒に行くのは久しぶりだ。
嬉しくて言われた場所で待っていると、何とタドラ様が一緒に来てくださったではないか。
しかし、彼は全くいつも通りで、どうやらまだあの話を知らないらしい事がわかり、彼女は更に憂鬱になった。
自分でもよく分からないモヤモヤした感情に振り回されてしまい、隣で気を使って色々と話しかけてくれるレイルズ様に、あまり返事が出来なかった。
申し訳なくて彼の顔を見られず、一の郭に入ってからは、自分でもはしゃぎ過ぎだと思うくらいに、妹と二人で綺麗なお屋敷を見つける度に歓声を上げていたのだった。
ようやく花祭りの会場の騒めきが聞こえてきた時には、内心で安堵していたのだった。
タドラは黙って座ったまま微動だにせず、隣に座ったルークは花馬車が会場に到着するまでずっと、横目でそんなタドラの様子を面白そうに伺っていたのだった。
様々な人々の思いを乗せた大きなトリケラトプスの引く花馬車は、こうして無事に花祭りの会場に到着した。
そしてまた、何事もなかったかの様に、ゆっくりとお城へと戻って行くのだった。




