最後の夜
「では、始めるとしよう。言っておくが遠慮は無用だぞ」
「かしこまりました。では、全力でお相手を務めさせていただきます」
満面の笑みの陛下の言葉に、苦笑いしたニコスがそう言って深々と頭を下げた。
賑やかな夕食を終え、後片付けの見学までして大満足の陛下を連れて石の家へ戻ったのだが、陛下が、休むにはまだ早いし最後にもう少しニコスと陣取り盤での勝負をしたいと言い出し、レイ達は全員揃って陛下と共に別室へ移動したのだった。
前回も使ったその広い部屋にはマイリーが土産に持たせてくれた陣取り盤や、シルカー伯爵が用意してくれた陣取り盤、それからレイがお土産に用意した陣取り盤も何台も並んでいて、なかなかに錚々たる眺めになっている。
「ほう、どれも見事な逸品だな。では、今日はこれにしよう」
嬉しそうな陛下がそう言って座ったのは、大理石の台に黒檀の駒が並べられた逸品だ。
やや古いもののようで、すでに並べられてる駒は、使い込まれたものだけが持つ艶と丸みを帯びている。
ニコスが先攻を取り、早速勝負が始まる。
陛下の右隣にはシヴァ将軍とシルカー伯爵が、左隣にはヴィゴがそれぞれ座る。
ニコスの右隣にはレイが座り、左隣にヴィゴと向かい合わせになるようにルークが座る。
タキスとギードは、その横にある別のソファーに並んで座った。
レイは、もうキラキラに目を輝かせて早速始まった盤上を見つめていた。
『おやおや、また陣取り盤か?』
その時、レイの右肩にブルーの使いのシルフが現れてふわりとその肩に座る。
「そうだよ。陛下とニコスの対決。今回は、僕もニコス側の視点で見て、自分ならどうするか考えながら見る事にしたの」
小さな声で嬉しそうにそう言い、一つ深呼吸をしてからブルーの使いのシルフにそっとキスを贈った。
『確かに、どちらか視点を決めて自分ならどうするかを考えながら見るのも勉強になろう。では、分からぬ事があればいつでも質問しなさい』
笑ったブルーの使いのシルフの言葉にレイも笑顔で頷き、その後はもう夢中になって次々に動く駒を必死になって考えながら見つめていたのだった。
ブルーの使いのシルフも特に何も言わず、面白そうに陛下とニコスの勝負を見守っていた。
他の竜の使いのシルフ達も、それぞれの主の肩に座って楽しそうに見学していたのだった。
「ああ、これで詰みですね。参りました。いやあ陛下もお強い」
中盤まではニコスが優勢だったのだが、最後は陛下の怒涛の攻めにニコスが耐えきれずに陣が崩壊してしまったのだ。守りの要であった僧侶の駒を落とされたところで王の守りに穴が開き、逃げきれなくなってしまったところで投了となった。
両手を上げて負けを宣言してから顔を覆ってソファーの背もたれに倒れ込むニコスを見て、陛下が安堵のため息を吐いて陣取り盤のある箇所を指差した。
「ここで上手く引っかかってくれて何とかなったが、今回もなかなかにギリギリの攻めだったな。こんな際どい勝負もそうは無いぞ」
「ああ、やっぱり勝負の分け目はそこだったか!」
陛下の言葉に慌てて体を起こして盤上を見たニコスがそう叫んでから小さく唸り、もう一回顔を覆って隣に座ったレイにもたれかかる。
「でもニコスも凄かったよ。僕はもう途中からわけが分からなくなって、見ていても全然対応出来なかったもん」
ニコスに横から抱きついたレイが笑顔でそう言い、ニコスの頬にそっとキスを贈った。
そのあと、陛下とシヴァ将軍が対戦して陛下の二連勝。
ニコスとの再戦で今度はニコスが勝ち、次に陛下の希望でレイも陛下と対戦させてもらった。
結局負けはしたがかなりの激戦となり、なかなかに良い対戦だったと陛下からお褒めの言葉をいただいたのだった。
皆、ワイングラスを片手にそれぞれの勝負の横で、自分ならこう攻める。いやここの守りはこうだと好き勝手言っては笑い合い、途中からはタキス達も加わり攻め方講習会が始まったりもした。
結局、陛下が部屋に戻ったのはそろそろ日付が変わる頃だった。
そのまま解散となったが、レイは何となく離れがたくてタキス達と共にいつもの居間へと移動して、そこでニコスに紅茶を淹れてもらい、のんびりと思いつくままにオルダムでの話をしたりさっきの陛下とニコスの対戦について話したりしていた。
「ん? 何だ?」
ちょうど話が一段落してニコスが紅茶を飲み干したところで、一人のシルフが不意に現れてニコスの腕を叩いた。
これは伝言のシルフだ。
「ちょっと待って」
しかし、ニコスの顔を見たまま口を開かない伝言のシルフを見て、内密の話だと即座に理解して立ち上がったニコスが廊下へと出て行く。
「あれ? どうしたんだろう。僕らには聞かれたくない話なのかな?」
こんな時間に、わざわざ内密の話で伝言のシルフをニコスに寄越す相手が思いつかず、レイはタキスとギードと顔を見合わせてから揃って首を傾げた。
「すまん、ちょっと陛下からの呼び出しだ。すぐに戻れないかもしれないから、気にせず適当に解散してくれていいからな。ああ、洗い物は後で片付けるから置いておいてくれていいぞ」
開いた扉から顔を出したニコスがそう言い、笑顔で手を振ってから早足に廊下を歩いて行った。
「陛下がニコスに? えっと、何かあった?」
急に心配になったレイが不安そうにそう呟いた時、ブルーの使いのシルフが現れて笑いながら首を振った。
『心配はいらぬよ。戻った部屋に陣取り盤が置いてあったのを見て、どうしても、もう一度彼と勝負をしたいと言って呼び出したらしい。まあ、皇王も休暇中なのだ。夜更かしもたまにはよかろう』
「ああ、そういう事なんだね。じゃあ心配はいらないね」
安堵のため息を吐いたレイが、笑いながらブルーの使いのシルフにキスを贈る。
「どうする? ニコスがいなくなっちゃったから紅茶のおかわりを淹れられる人がいなくなっちゃったね……えっと、僕でも良い? それともワインでも出す?」
「では、とっておきの一本を出す故、レイは座っていなされ」
そう言って立ち上がったレイを見たギードが笑顔でそう言って立ち上がり、壁際に置いてあったワゴンからウイスキーの瓶を取り出してテーブルの上に置いた。
「前回、其方の里帰りの際にお土産で頂いた、グラスミア産の四十五年もののウイスキーだよ。いやあ、最果ての地と言われる蒼の森にいて、ウイスキーの最高傑作と名高いグラスミア産の四十五年もののウイスキーが飲める日が来るとはなあ。レイには感謝しかないぞ」
満面の笑みで瓶に頬擦りするギードの言葉にレイも吹き出し、部屋は笑いに包まれたのだった。




