蒼の泉にて
「待たせたな、フレア。では行くとしようか」
上の草原にはブルーをはじめとする竜達が揃って待っていて、笑顔の陛下がそう言ってルビーの元へ駆け寄る。
「うむ。ここでの時間は、オルサムにとってなかなかに学びの多い時間だったようだな。我も一緒にシルフを通して見せてもらったが、なかなかに面白き時間だったぞ」
目を細めて喉を鳴らしたルビーの言葉に、陛下も笑顔になる。
「そうだな。アルスからここでの様々な話を聞いてはいたが、やはり実際に自分の目で見て体験する事に勝るものはないな。とても勉強になったぞ。それから私が引いたあのニンジンは、今夜の夕食に出されるそうだ。どんな料理になるのか楽しみだよ」
嬉しそうなその言葉に、ルビーはもう一度ゆっくりと喉を鳴らしたのだった。
「ん? 久し振りに鞍を自分で取り付けられると思って楽しみにしていたのに、誰が鞍や手綱を取り付けてくれたのだ?」
寄せられたルビーの大きな鼻面を撫でていた陛下が、不意に気がついたらしく驚いたようにそう言ってルビーの背中を見上げた。
改めて見てみればルビーだけでなく、ルークの竜であるオパールやヴィゴの竜であるガーネットの背にも、そしてもちろんブルーの背にも既に何本ものベルトが締められ、鞍や手綱が取り付けられていて準備万端だ。
「ああ、自分でやりたかったか。それはすまぬ事をしたな。其方達が畑の見学をしている間に、我がシルフ達に命じて取り付けさせたのだよ。ロディナの将軍に、先に鞍や手綱を一式用意するように言っておいたからな」
普段と違い、竜の世話をする兵士がいないここで一体誰が準備を整えたのだろうと、驚き首を傾げる陛下を見て、笑ったブルーがそう言いながら横から長い首を伸ばしてきてルビーにそっと頬擦りする。
笑ったルビーも、大きく喉を鳴らしながらブルーの首に頬擦りを返した。
「ラピスから、シルフ達に命じて鞍や手綱を取り付けるのだと聞いて驚いたぞ。そのような事、我は考えた事すらなかったからな」
面白がるようなルビーの言葉に、陛下は呆れ顔だ。
「まあ、古竜のする事だからな。それくらいは簡単なのだろうさ。では、乗せてもらうぞ」
一つため息を吐いてから笑ってそう言った陛下は、そのままルビーの腕に乗り、しっかりと締められたベルト伝いに背中に上がった。
それを見たルークとヴィゴもそれぞれの竜の背に上がって鞍に跨る。
レイも笑顔で頷いてから、いつものようにシルフ達の助けを借りてブルーの背に軽々と飛び上がった。
「レイ、相変わらず無茶をしますね。そんな事、私達に求めないでくださいよ。では蒼竜様、失礼します」
笑ったタキスの言葉にブルーも笑って喉を鳴らし、ゆっくりと体を伏せてタキス達がその背に上がりやすようにしてやる。
最後のギードが何とかその背に上がり前に座るニコスにしがみつくようにして座ったところで、レイが笑顔でそっとブルーの首を叩いた。
「じゃあ、よろしくね」
その言葉が合図であったかのように、体を起こしたブルーだけでなく竜達がそれぞれに翼を開く。
「では行くとしようか」
嬉しそうにもう一度喉を鳴らしたブルーも、その巨大な翼を思い切り広げる。
軽く一度だけ羽ばたき、ゆっくりとそのまま上昇する。
鳥達では有り得ないその飛び立ち方を見ても、驚く者はここにはいない。
そのまま草原の上空をゆっくりと旋回した竜達は、畑仕事をしていたロディナの人達に見送られながら、ブルーを先頭に隊列を組んで蒼の森へと飛び去っていった。
それを見て草原に放たれていた黒頭鶏達が竜が飛び去った後の場所に集まり、竜達が飛び立つ際に立てられた爪のせいで少し荒れた地面を、虫を求めて嬉々として突っつき始めていたのだった。
「おお、これは見事な深き森だな。太古の昔からあると言われるのも納得だ」
眼下に広がる蒼の森の巨大な木々を見た陛下が、思わずと言った風にそう呟く。
もちろん、陛下はこの蒼の森が密かに果たしているこの世界の中での役割についても、また、この地に眠るエントの大老、森の大爺の事も知っているし理解もしている。
チラリとそんな皇王を横目で見たブルーは、特に何も言わずにゆっくりとまずは自分のねぐらである泉へと案内した。
「おお、これはまた美しい泉だな。至る所から水が湧き出している」
到着した蒼の泉の草地に降り立ったルビーの背から降りた陛下は、感心したようにそう呟き泉へと駆け寄った。
「ここは我が長い年月をかけて磨き上げた、最高の良き水が湧く泉だ。その水を飲んでみるといい」
得意げなブルーの言葉に頷いた陛下は、膝が濡れるのも構わずその場にしゃがむと両手で水を掬ってゆっくりと飲み干した。
それを見て、それぞれの竜の背から降りてきたルークとヴィゴもそれに倣う。
笑顔で頷き合ったレイやタキス達も、泉に駆け寄りそれぞれ水を飲んだ。
「何だこれは……良き水……いや、これはそんなものとは全く違うぞ。何なんだ、この水は……甘くて、体の隅々にまで染み渡るようだ」
無意識なのだろう。驚いたように何度もそう呟きながら陛下がまた水を飲む。
「言ったであろう? この泉の水は、我がこの地にいた三百年の時をかけて極限まで磨き上げた良き水の湧く水脈なのだよ。この水があれば、竜達の体の浄化はすぐに終わる。そして今では、ここの水脈はあの離宮の湖と繋いである。其方にはこの意味が分かるな」
ゆっくりと話すブルーの言葉を聞いた皇王が、弾かれたように顔を上げる。
「古竜の働きに心からの感謝を。そうだな。いずれ来る嵐の時に備え、私も、私にしか出来ぬ事をしよう」
真顔になった陛下は、そう言って装着していた自分の剣を少しだけ抜いてから勢いよく戻した。
ミスリルの火花が飛び、その場にいた大勢のシルフ達が大喜びで集まってきて、陛下の剣に次々にキスを贈っていたのだった。




