朝練の開始
「いやあ、朝から笑わせてもらったぞ。おかげで腹筋は相当に鍛えられたようだな」
ようやく笑いの収まった陛下の言葉に、もう一度ルークとヴィゴが吹き出す。
「大変お待たせいたしました!」
すっかりいつものふわふわな髪に戻ったレイが、洗面所から駆け出してきて大急ぎで着替える。
「構わんよ。勝手に早く来たのは我らの方だからな」
笑った陛下がそう言って座っていたソファーから立ち上がり、大急ぎで靴を履いたレイがルークの隣に立つ。
「では行くとしよう。隣の家に訓練専門の部屋があるそうだな」
「はい、板張りの広い部屋がありますので、室内での運動はそちらで行います」
深々と一礼したギードの言葉に陛下も笑顔で頷き、唯一朝練に参加しないタキスを残した一同は、そのまま広い廊下を歩いて一旦外に出てからギードの家に入った。
その際、驚いた事に外の地面には、こちらの扉の前からギードの家の扉の前までやや分厚めの縦長の絨毯が敷かれていて、訓練用の靴で外を歩いても汚れないようになっていたのだ。
「これって……」
ごく小さな声で、ギードに話しかける。
「さすがに、室内訓練用の靴を履いておられる陛下に、土の上を歩いていただくわけにはいかぬからな。これは、早朝に執事達が用意してくれたものだよ。ちなみにこの絨毯は、シルカー伯爵家からの借り物らしい。ワシも、起きてこれを見て驚いたよ」
苦笑いしたギードの説明に、驚きのあまり声もないレイだった。
到着したギードの家の扉を開け、中に入る。
その際に、雪対策として、この扉は中にも外にも開く仕様になっているのだと、実際にギードが扉を開けながら陛下に説明をしていた。
それを聞いた陛下は、自ら扉を内側に外側にと何度も開いたり閉じたりしてみて、その度に感心した声を上げていたのだった。
「えっと、今はこっちの家にロディナの皆が泊まっているんだよね?」
訓練室へ向かう廊下を歩きながら、周りをキョロキョロと見たレイが小さな声でギードにそう尋ねる。
「おう、アンフィーも含めて全員がこっちに泊まっておるよ。今は、皆起きて邪魔にならぬように居間に集合しておる。まあ、朝練が終わるまではそこにいてもらうよ」
笑ったギードの説明に、納得したレイだった。
「おお、なかなかに広いではないか。ああ、其方達も来ていたのか」
到着した訓練室では、数名の執事と共に、同じく白服姿のシヴァ将軍とシルカー伯爵の姿があったのだ。
「おはようございます」
笑顔の二人の声が重なる。
「うむ、おはよう。ほう、色々と武器が揃っておるな。まさか、これを全て今日の為に用意したのか?」
壁面に揃った木剣や棒をはじめとした様々な訓練用の武器を見て、陛下が驚いたように目を見張りギードを振り返る。
「こちらは全て、ブレンウッドのドワーフギルドの者達が作った武器や防具にございます。森にある鉱山では、今も定期的にミスリルを掘り出し、原石をブレンウッドのドワーフギルドを通じオルダムのドワーフギルドへと収めさせていただいております。採掘そのものは私とノーム達で行えますが、原石の搬出の際には、さすがに私一人では重過ぎて運べませぬ故、ドワーフギルドに頼み鉱山内に入れるドワーフを寄越してもらっておりますので、こちらに泊まってもらう事もあります。その際に、運動を始めた者が何人かおり、訓練用に自作の武器を持ち寄った結果、こうなりましてございます」
深々と一礼したギードが、笑顔で壁面いっぱいに並んだ様々な武器を見ながら説明する。
「成る程、ドワーフらしい逸話だな。ではせっかくの武器だ。遠慮なく使わせていただくとしよう。だが、まずは準備運動からだな」
笑顔の陛下の言葉に皆も笑って頷き、陛下にはヴィゴが、レイはルークと組みまずは準備運動と柔軟体操を行った。
レイはアルス皇子と一緒の朝練なら何度も経験があるが、朝練で陛下とご一緒するのは初めてだ。
屈伸運動をしながら、意外に体が柔らかい陛下の様子を見て、密かに感心したレイだった。
「うむ、少々体が硬くなっておるな」
苦笑いした陛下の背中をヴィゴがゆっくりと押している。
一通りの準備運動を終えた後、少し走り込みをしてから陛下は壁面に飾られた武器を一通り見て回った。
そして、まずは一振りの木剣を手にした。
大柄な陛下に相応しい、なかなかの大きさだ。
同じくらいの木剣を手にしたヴィゴが、ゆっくりと陛下の前に進み出る。
笑顔で木剣を構えかけた陛下だったが、不意に何かを思いついたらしく軽く手を上げて木剣を下ろし、ヴィゴに顔を寄せる。
何事かと身構えかけていたヴィゴも、それを見て一旦木剣を下ろして耳を傾ける。
しばし顔を寄せて小さな声で陛下と話をしていたヴィゴが、いきなり小さく吹き出してから大きく頷く。
笑った陛下も大きく頷いてから、二人が揃ってこっちを振り返った。
「レイルズ。陛下が手合わせを希望しておられるぞ」
笑ったヴィゴの言葉に、当然ルークと手合わせをするつもりだったレイが驚きの声を上げ、横で聞いていたルークが遠慮なく吹き出す。
「ほら、ご指名だぞ。行ってこい。ちなみに遠慮は無用だからな」
笑って大きな背中を思い切り叩いたルークの言葉に、レイはもう一度情けない悲鳴を上げたのだった。




