空の旅と蒼の森への到着
「ああ、そろそろ夕暮れですね」
背後から聞こえたタキスの呟きに、同じ事を思っていたレイも笑顔で大きく頷く。
今の彼らが竜の背に乗って飛んでいるのは、街道から北にかなり距離をとった竜の背山脈の裾野に広がる樹海と呼ばれる深い森の上空だ。その為、見える景色はほぼ緑一色で特に変わり映えしない。
退屈したレイの発案でしりとりをして遊んだりもしていたのだが、今は特に何か喋ったりもせずのんびりと過ごしている。
しかしタキスの言葉通りにそろそろ日が暮れる時間になってきた今、正面に見える西の空は綺麗な朱色に染まり始めている。
「もう少しすれば、御使いの梯子が見えるんじゃない? ほら、地平線近くに大きな雲があるからね」
「確かにそうです。空の上から見る夕焼けは、本当に綺麗ですね」
密かなため息を吐いたタキスが、そう言ってレイの体に回している腕に少しだけ力を入れて抱きつく。
「ずっと、ずっとこの時が続けばいいと……そう思ってしまうのは、贅沢なんでしょうね」
「そんな事ない。僕も同じ事を思ってるよ。ずっと、ずっとこのまま皆と一緒に飛んでいたいって」
「そうですね……でも、やっぱりずっと空の上はいけませんね。レイは少しお腹が空いてきたみたいですね」
笑ったタキスの言葉に、レイが自分のお腹を左手で押さえながら堪える間も無く吹き出す。
「あはは。もしかしてさっきのあれ、聞こえてた?」
「ええ、誰かさんのお腹が先程、お腹が空いたと盛大に文句を言っていましたね。ほら、砂糖菓子ならありますよ」
笑ったタキスがそう言いながら抱きついていた手を離し、ベルトに取り付けていた小物入れから瓶を取り出す。
「ええ、どうしたの? それ」
握ったタキスの手よりも少し大きいくらいの瓶を差し出されて、レイが驚いたようにそう言って背後を振り返る。
「昼食の後、午後からずっと休みなく空を飛んで蒼の森まで帰るのですから、いくら蒼竜様や皆様の竜の翼が大きくて頼もしいとしても、どう考えても到着までにはそれなりの時間が掛かるでしょうからね。誰かさんのお腹が我慢出来なくなった時に食べてくださいと言って、ラスティ様が出発前にこっそり渡してくださったんですよ。ちなみに私がこの砂糖菓子の入った瓶で、ニコスはビスケットの入った木箱。ギードは飴がけしたナッツの入った瓶を持っていますよ。さあ、どれにしますか?」
「そんなの、どれか一つなんて絶対選べません!」
笑ったタキスの得意げな問いにレイが大声で即答する。
当然、その会話も声飛ばして聞こえていたので一緒に聞いていたルークとヴィゴだけでなく、陛下まで揃って大笑いになったのだった。
「そろそろお越しになる頃だろうか?」
「そうだな。もうすっかり日も暮れて暗くなったから、そろそろ到着なさる頃合いだな。だが、光の精霊でも飛ばしていてくだされば遠くからでも確認出来るだろうが、逆にこの暗さでは、お越しになってもかなり近くならないと我らの方が見えぬな」
そう言って揃って東の空を見上げているのは、きちんと身支度を整えたシルカー伯爵家から派遣されている執事達だ。当然、出迎えの為に上の草原に上がって来て火の番をしているのだが、街と違って日が暮れた途端に完全に真っ暗になった空を見てやや心配そうにしている。
石の家の上にあるこの広い草原のあちこちには、急遽用意された幾つもの篝火が大きな炎を上げているのでかなり明るい。
もちろん、ブルー達が降りる為の場所はしっかりと確保されている。
しかし篝火の届かない上空は当然真っ暗で、ただの人間である彼らでは竜達が近付いて来ても昼間と違ってすぐには気付けないだろうと思われた。
その時、彼らの目の前に一人の伝言のシルフがふわりと現れた。
『ルークです』
『もう間も無く到着予定』
『荷物が多くあるので』
『荷運び用に複数の台車の準備を頼みます』
「かしこまりました。では、到着をお待ちしております」
伝言のシルフの言葉に頷き、先頭にいた執事がそう言って深々と一礼する。
『ではよろしく』
片手を上げた伝言のシルフがくるりと回って消えるのを見送ってから、何人もの執事達が大急ぎで台車を用意する為に走って降りて行った。
「はあ、間も無く到着だね。もうすっかり真っ暗になっちゃったよ」
苦笑いのレイの言葉に、タキス達も困ったように笑っている。
お腹が空いたと訴えるレイにタキス達がラスティから預かった手持ちのお菓子を振る舞ったところ、それを見た陛下が自分もお腹が空いたからお菓子を食べたいと言い出し、一旦地上に降りようとしたのだが、この周辺には森林狼の群れがいるので危険だとシルフ達に止められてしまった。
結局、ブルーがシルフ達に命じて、陛下の乗るルビーやルークとヴィゴのところにもお菓子を小分けして運ばせ、全員揃って急遽上空でのお茶の時間になったのだった。
もちろん、お茶は水筒に入った冷めたカナエ草のお茶と紅茶だ。
さらには、日が暮れる際に雲間から現れた御使いの梯子があまりにも綺麗で、皆で上空に留まり、お茶とお菓子を頂きながら眼下の光景にしばし見惚れていたのだった。
そのせいで気付いた時にはとっぷりと日が暮れていて、真っ暗な中レイとルーク、それから陛下がそれぞれ光の精霊達を慌てて呼び出し、竜達の前に明かりを灯してもらいながらの飛行となったのだった。
「あ、上の草原に火を焚いてくれているね。ほらあそこ炎がいくつも見えるよ」
嬉しそうなレイの言葉に、皆も笑顔になる。
「おお、よかった。あの様子を見るに受け入れ準備も万全のようだな。いやあ、安心したよ」
背後から聞こえた安堵したようなニコスの呟きに、陛下がおいでになると分かって以降の大騒ぎを思い出して、レイだけでなくタキスとギードも揃って苦笑いしつつ頷いていたのだった。




