出迎えと陛下の扱いについて
「無事に到着……えっと……」
石の家の上にある広い草原の上空まで到着したところで、レイが嬉しそうにそう言ったのだがその後の言葉が続かない。
レイの戸惑いを理解しているブルーは、素知らぬ顔で上空をゆっくりと旋回しているだけでいつものように草原に降りようとしない。
何しろ、暗闇を照らす幾つもの篝火が煌々と焚かれた草原の端には、大柄な体躯に相応しい立派な正装に身を包んだシヴァ将軍を先頭に、大勢の執事達が整列して出迎えていたのだ。
レイの戸惑いの原因は、直立しているシヴァ将軍の横に立つ見た事のない顔の大柄な男性のせいだ。
その人物は、いつも子竜の人慣れ訓練の為に来てくれるロディナの職員の人達とは違い、明らかに貴族で、シヴァ将軍と同じく正装している。
「レイ、大丈夫だよ。シヴァ将軍の隣におられる身知らぬお方は、恐らくだが受け入れ態勢を整えるために手を貸してくださった、ブレンウッドにおられるシルカー伯爵その人だろう」
背後から聞こえたニコスの、小さな声でのその説明に納得する。
確かに、陛下がここにお越しになると分かっているのに、執事達だけを寄越して知らぬ顔は立場上出来ないだろう。
「えっと、それでもう降りていいんだよね?」
少し離れたところで同じく旋回しているルークの方を見て、こんな場合どうしたらいいのか分からないレイがこっそり声を飛ばして質問する。
「ああ、構わないからいつもの場所に降りてくれていいぞ」
笑いを含んだルークの声に頷き、ゆっくりとブルーを降下させる。陛下の乗るルビーと、ルークとヴィゴの乗る竜達もそれに続いた。
レイ達が大急ぎでブルーの背から降り、ルークとヴィゴもそれぞれの竜の背から飛び降りてルビーの側へ駆け寄る。それを見て、レイも慌ててそれに倣った。
顔を見て頷き合ったタキス達は、揃って一旦下がって邪魔をしない。
「ようこそお越しくださいました。ここでの時間が良きものとなりますよう、我ら一同心から願います。何なりとお申し付けください」
最後にルビーの背から降りて来た陛下に、シヴァ将軍がそう言って跪き頭を下げる。即座に、隣にいたその謎の人物も同じく跪いて深々と頭を下げた。
「うむ、出迎えご苦労。構わぬから立ちなさい」
当然のように陛下がそう言って歩み寄り、立ち上がったシヴァ将軍と向き合う。
「久しいな、シヴァ。息災のようで何よりだ。ん? お前、少し痩せたか? それにシワが増えたな」
「まあ、まだまだ若い者達には負けませぬが、私ももうそれなりの年齢でございますれば、最盛期より衰えシワも増えるのは当然ございましょう。老いた者が痩せ衰えるのは自然の摂理というものでございます。ですが、何故か未だに腹周りだけは順調に成長しておりますが」
軽い口調で陛下にそう話しかけられたシヴァ将軍は、しかし驚きもせずに当たり前のようにそう答え、それを聞いた陛下が吹き出す。
「確かにそうだな。私も、最前線に出ていた頃に比べれば色々と衰えているからなあ。だが、私の腹回りは若い頃からほとんど変わっておらぬぞ」
得意そうに笑ってそう言った陛下は、シヴァ将軍の太い腕をバンバンと叩き、最後に手の平でお腹を軽く叩いた。
「ん、確かに少々成長しているようだな。いかんなあシヴァ。訓練が足りんぞ」
笑いながら咎めるかのようにそう言ってもう一度、今度は先ほどよりも強めにお腹を軽く叩く。
「陛下、おやめください。痛いです」
真顔のシヴァ将軍の言葉に陛下がもう一度吹き出し、遅れてシヴァ将軍も吹き出す。
その様子は、明らかに気心の知れた友人同士のじゃれ合いのそれで、レイやタキス達は驚きに目を見開いてその様子を見ていた。
「ああ、お前は知らなかったのか。シヴァ将軍と陛下は、士官学校の同期生なんだよ。お二人はとても仲が良かったと聞いているよ」
笑ったルークがそう教えてくれて納得した。
確かに、シヴァ将軍の口調こそ改まったものではあるが、あの様子は自分とマークやキムが冗談を言って笑っている時とほぼ同じだ。
「ああ、すまぬ。つい懐かしくてな」
ひとしきり笑い合ったところで、陛下が今更のように慌ててそう言い、ルーク達を見た。
「いえ、旧交を温めるのは大事な事ですのでどうぞ我らに遠慮は無用です」
一礼したルークの言葉に、陛下は嬉しそうに笑った。
「では、まずは竜達に取り付けた荷物を下ろさねばな。順にやろう」
当然のようにそう言い、ルビーの背に上がる陛下を見て執事達が慌てて駆け寄る。
しかし、そんな彼らを見てルビーの背の上に上がった陛下はにんまりと笑って首を振った。
「構わぬから気にするな。言っておくが、ここにいる間くらい自由にさせろ」
「な、何をおっしゃいます……」
ここで、ようやく立ち上がったシヴァ将軍の横にいた謎の人物が、思わずと言った風に口を開き慌てて口を押さえた。
「ああ、シルカー伯爵か。出迎えご苦労。報告は聞いているぞ。今回は、急な事で色々と世話をかけたな。」
しかし、特に咎めもせずにそう言った陛下は、背後に控えている大勢の執事達を見てからわざとらしく大きなため息を吐いた。
「アルスも、ここにいる間は自由にしていたと聞いている。私もそれを希望するぞ。自分の事くらい自分で出来る」
若干拗ねたような陛下の言葉にシルカー伯爵は驚きのあまり言葉もない。その様子を見て苦笑いしたシヴァ将軍は、シルカー伯爵の背中をそっと叩いた。
「そうだな。ちょっと高位の貴族が来た。くらいの扱いで頼む」
良い事を思いついたと言わんばかりの陛下の言葉に、控えていた執事達が戸惑うように目を見交わす。
「ですが……本当に、よろしいのですか?」
シルカー伯爵の遠慮がちな言葉に、シヴァ将軍は困ったように頷く。
「まあ、ご本人がああ仰っているのですからね。とりあえず、先に荷下ろしをしてしまいましょう」
肩をすくめたシヴァ将軍の言葉にシルカー伯爵が頷くのを見て、ルークとヴィゴ、それからレイも手伝って順番に鞍のベルトに取り付けていた幾つもの木箱や大きな袋を取り外して、地面に下ろしていったのだった。




