夜会での一幕と趣味の話
「ふう、助けてくれてありがとうね」
近くにいた執事からもらった貴腐ワインを一口飲んだレイが、肩に座ったニコスのシルフ達に小さな声でお礼を言った。
『お役に立てて良かった』
嬉しそうにそう言って笑うニコスのシルフを、レイは笑ってそっと撫でてあげた。
明日から三日間、蒼の森へ帰るタキス達と一緒にレイも森へ帰る。もちろんブルーも一緒だ。
この三日の臨時休暇は、表向きは叙任式からこっち休みの無かったレイを労う意味での休暇、と言う事になっている。
もちろん、これは表向きの理由であって、実のところレイはタキス達との時間を過ごす為に普段よりもお休みを貰っているくらいで、本当は蒼の森のエイベル様のお墓参りに行く陛下に随行する為なのだが、これを公の場で言うわけにはいかない。
その為、婦人会のミレー夫人とイプリー夫人をはじめとする女性陣に取り囲まれた際に明後日の昼食会のお誘いを受けたのだが、断る理由が咄嗟に思いつかなかったレイに、ニコスのシルフ達が上手い言い訳を考えてくれたのだ。
明日から三日間、精霊魔法の合成に関わる研究と実験の為に、ルーク達と一緒に西の離宮に籠るのだと言えばいい、と。
精霊魔法の合成に関する研究は、陛下から最優先事項として扱うように指示されているのは皆知っているので、こう言っておけばそれ以上無理に誘われる事はない。
実は、ルーク達が別の人からの誘いをこう言って断っているのを聞いたニコスのシルフが、これは良い言い訳だと考えて、こっそりレイに教えてくれたのだ。
当然心得ているご婦人方もそれ以上無理に誘ってくる事はなく、無言で目を見交わしたミレー夫人とイプリー夫人は、にっこりと笑って頷き合った。
「それは大切な事ですものね。どうぞ頑張ってくださいませ。それでは代わりと言ってはなんですが、別のお誘いをさせていただきますわ」
こほんと軽く咳払いをしたミレー夫人が、にっこりと笑ってレイを見た。
「来月十日に、刺繍の花束倶楽部の会合を予定しております。招待状をお送りさせていただきますので、お忙しいとは思いますが、是非ご参加くださいませ。もちろん、会合と言っても皆刺繍をしますので、レイルズ様も何か作りかけのものがあればお持ち下さい。お手伝いいたしましてよ」
刺繍の花束倶楽部の会合があると聞いて、レイが目を輝かせる。
「そうなんですね。分かりました。刺繍の花束倶楽部の会合なら是非参加したいです。ああ、それなら以前参加した時に作らせてもらった降誕祭のツリーの飾り、下手ですが仕上がったので持っていきますから見てやってください」
「それは楽しみですわ。ぜひ拝見させてくださいませ。それで今は、何かお作りになっているものは有りまして?」
笑顔のミレー夫人にそう聞かれて思わず考える。
サマンサ様への贈り物にするつもりで用意した魔除けの紋様の刺繍は、もうほぼ刺し終わっていてあとは仕上げるだけだ。
これはニコスのシルフ達とブルーが仕立て方を教えてくれると言っているし、サマンサ様に差し上げる予定のものを他の人に見せるのは駄目な気がする。
そうなると、逆にそれ以外に今は刺繍はしていないので、会合に持っていけるものが無い。
「えっと……このところちょっと忙しかったので、今刺しているものはないですね。でもせっかくだから、また何か作ってみようかな」
「それならば、おすすめの図案を色々とご用意しておきますわ。もちろん、ご自身で選んだ図案があれば、お持ちいただけば刺し方をお教えしましてよ」
にっこり笑ったミレー夫人の言葉に、イプリー夫人も笑顔で頷く。
「そうですね。ではおすすめがあれば教えてください。あ、それならクロスステッチじゃあないものがいいですね。以前、奥殿でサマンサ様にお誘いいただいて、一緒に刺繍をしたんです。すごく細い糸を一本だけ使って刺す、とても綺麗な花の模様だったんです。えっと、花嫁さんの肩掛けの刺繍と同じように見えました。花びら一枚作るのにとんでもなく時間がかかって、楽しかったけど大変でした。正直言って、あれは僕には絶対無理だと思いました。一生掛かっても仕上がらないと思います!」
無邪気な感想に、ミレー夫人とイプリー婦人だけでなく、周りにいた女性達も揃って吹き出していた。
「皇族の方々も刺繍はなさいますものね。サマンサ様は、特に刺繍がお上手だと有名ですわよ。ご一緒に刺したのですか。それは羨ましいですわね」
「確かにお上手でしたね。では、招待状が届くのを楽しみにしていますね」
「はい、お越しくださるのを楽しみにしておりますわ。では、器用で多趣味なレイルズ様のこれからのますますのご活躍を願って、乾杯」
「ありがとうございます。お優しい皆様方のご健康とますますのご活躍を願って、乾杯!」
新しい貴腐ワインをもらったレイが笑顔でそう言い、同じくワイングラスを手にしたミレー夫人がそう言ってグラスを軽く掲げる。
目を見開いたレイも笑顔でそう応えて、ご婦人方と笑顔で乾杯したのだった。




