陣取り盤とニコス
「ああ、参りました! いやあ、本当にマイリー様はお強い」
「その言葉、そのままお返しさせていただきますよ。今回は、最後のここの仕掛けが効きましたね」
ニコスが両手を上げて降参するのを見て、安堵のため息を吐いたマイリーが展開した陣を指差しながらそう言って笑う。
「同時に複数の展開をわざと見せ、そちらに気を取られている間にさらに気付かれないように二段階の仕掛けで陣を展開する。マイリー様の頭の中がどうなっているのか、冗談抜きで一度見てみたいですね」
腕を組んだニコスが呆れたようにそう言いながらまだそのままになっている陣取り盤を見つめる。
「マイリーの頭の中かあ。それなら、俺も見てみたいぞ」
「ああ確かに。その際には俺も呼んでくれ」
「勝手に人を解剖しようとするな。実を言うと、今回の攻め方は、この数日必死になって考えた新たな攻撃方法だったんですよ。言わば、対ニコス戦に特化した複数の防御の陣と複数の攻撃の同時展開です。ここまで複雑な攻撃方法は俺もほとんどやった事が無かったので新鮮でしたね。なかなか上手くいったので、もう少し考えて整えます」
にんまりと笑ったマイリーの言葉に、見学していた竜騎士達が揃って目を見開く。
「ではもう一戦お願いします」
ルークが何か言いそうになったのを見て、即座にマイリーがそう言い駒を並べ始める。
「もちろん喜んで」
笑顔のニコスもそう言い、嬉々として駒を並べ始める。
次の対戦は、これまた激戦となったが今回はニコスの勝利で終わった。
「ううん、なかなか連勝はさせてくれませんね。ニコスがこのままオルダムにいてくれるのなら、俺は間違いなく戦略室の会の会員達にニコスを紹介して、ニコスに入会してもらえるように説得しますが、冗談抜きでどうです?」
「えっと、戦略室の会って、数ある陣取り盤の倶楽部の中でもすっごく強い人達が集まる、最強と名高い倶楽部の事だよ」
横からレイが説明してくれる言葉を聞き、ニコスが苦笑いしつつ小さく首を振る。
もちろん、その倶楽部というものがが何であるのかや、貴族社会の中における趣味の倶楽部の意味や扱いについても、当然しっかりと理解しているし、もちろん、今のマイリーの言葉が本気でない事まできちんとニコスは理解している。
「おお、陣取り盤最強の倶楽部ですか。それは恐ろしい。マイリー様、私ごときをそこまで評価してくださり光栄です。ですが私がここまで強いのは、私に陣取り盤を教えてくれた父上や先祖の方々のおかげですので、別に私個人が特別強いというわけではないのですよ」
「先祖の方々、ですか?」
一瞬不思議そうな顔をしたマイリーを見て、今度はニコスがにんまりと笑う。
「ええ、そうです。私に陣取り盤を教えてくれた父上も、その父上から、つまり私の祖父から直々の手ほどきを受けたと聞いています。長寿の竜人がずっと考えてきた戦略方法を自分の子供に伝えて、それぞれの世代でその戦略方法をさらに考え攻略し、ずっと磨きをかけ続けては進化させて伝え続けてきたんです。全くの無知の状態から学び始める人の子よりも強くなるのは、ある意味当然でしょう?」
「成る程。俺は今、初めて長命種族が羨ましいと思いましたね」
顔を覆ったマイリーの答えに、横で聞いていたレイ達は揃って呆気に取られていたのだった。
「ニコス殿! 是非、僕とも一戦お願いします!」
その時、右手を上げたティミーが目を輝かせながら駆け寄って来て、マイリーの座るソファーの横に立つ。
「おう、おかえり」
「はい、ただいま戻りました!」
笑ったマイリーの言葉に、ティミーも笑顔で応える。
今日のティミーは、王立大学で授業を受けに朝から出かけていて、今帰って来たところで、休憩室にレイと一緒にタキス達が来ているのを見て、更にはマイリーと向かい合わせにニコスが座っているのが見えて目を輝かせていたのだ。
「はい、もちろん喜んで……いいですよね?」
まだ向かいのソファーに座ったままだったマイリーを見たニコスが、返事をしかけてから慌ててマイリーを見る。
「あ、ああ、もちろん。じゃあ交代だな」
盤面を見て何やら考えていたらしいマイリーは、一瞬驚いたような顔をしてから、横に立って目を輝かせて自分を見ているティミーを、今初めて気がついたかのように驚いて見てからそう答えた。
一つ深呼吸をしてから肘掛けに手をついて立ちあがろうとするマイリーを見て、即座にルークが立ち上がってマイリーが立ち上がるのを助ける。
当然のようにその横に置かれていた、今まで自分が座っていた対決する陣取り盤を横から見られるソファーにマイリーが座るのを見て、ルークが吹き出す。
「仕方がない。じゃあ俺はこっちに座らせてもらおう」
部屋を見回し、部屋の隅に予備として置いてあった小さな丸椅子を取って来たルークは、マイリーの隣にその丸椅子を置いて座り、早速始まったティミー対ニコスの対決を身を乗り出すようにして見つめていたのだった。
「ううん、見ているだけでも緊張してきた」
マイリーと向かい合わせになる位置に置かれたもう一つの一人用のソファーに座っていたレイもまた、目の前で繰り広げられる怒涛の展開を言葉もなく、もう夢中になって見つめていたのだった。
「いやあ、ニコスにあんな趣味があったとは驚きだよ」
「そうですね。でもとても楽しそうです。これは、駒の動かし方を知っている程度の私達では到底出来ない対戦ですから、ここにいる間に心ゆくまで楽しんでもらいましょう」
「そうだな。好きなだけ楽しんでもらうがよかろう。なあ、今思ったが、シヴァ将軍はこの陣取り盤はご存じなのだろうか?」
「どうでしょうね? ですが貴族の方はほぼ皆様なさるとききましたから、今度こっそり聞いてみましょう。レイが土産に陣取り盤を用意してくれていると言っていましたので、時間のある時にシヴァ将軍に対戦していただくのはありかもしれませんね」
少し離れた位置に置かれたソファーに並んで座っていたタキスとギードは、普段のににこやかな表情ではなく、それはそれは真剣な顔でティミーと対決するニコスを、そんな話をしながら感心したように眺めていたのだった。




