奥殿の猫達
「あれあれ、今回はタキス達の方が早かったんだね」
向かい合わせにソファーに座り、ティア妃殿下の普段のご様子などの話を伺っていたところで、レイ達が到着した。
「ようこそ。待っていたわよ」
笑顔のマティルダ様が立ち上がって出迎えてくれる。
「本日は、お招きいただきありがとうございま……うわあ!」
進み出てきてくれたマティルダ様に笑顔で挨拶をして、差し出された手を取ろうとしたところでレイが悲鳴を上げて倒れ込んでくる。
「危ない!」
咄嗟にルークが後ろから腕を掴んで引っ張ってくれたおかげで、マティルダ様の方へ倒れ込むのはなんとか防がれた。直後に駆け寄ってきた執事が慌てた様に一礼して下がる。
「し、失礼しました! 止めてくれてありがとうルーク。もうレイ! 飛びつくときは状況を見てよね。背後からの不意打ちは駄目だよ!」
慌てたように振り返ったレイが、ルークにお礼を言ってから背中に飛びついた猫のレイを見て力一杯抗議する。
苦笑いして手を離したルークが、猫のレイを捕まえてレイに渡してくれる。
「いい、飛びつく時は状況を見てね」
抱き上げた猫のレイに、大真面目に説教するレイ。
ぐるにゃんとご機嫌で鳴いた猫のレイは、そんなの知らないとばかりにレイの胸に額を押し当ててぐりぐりと擦り寄っている。
それを見たタキスが思いっきり吹き出し、その場にいた全員の注目を集めた。
直後に、ニコスとギードも吹き出しかけて慌てて口を塞いでいる。
「ん? 今のどこに笑う要素があったんだ?」
不思議そうなルークの呟きに、タキス達が何を笑っていたのかに気が付いたレイも、時間差で吹き出す。
「し、失礼しました。その……猫のレイの様子が、昨夜のレイと、思い切り重なっておりまして……」
必死で笑いを抑えたタキスの言葉に、レイも笑って猫のレイを抱きしめる。
「何があったんですか?」
興味津々のマティルダ様の質問に、タキスが一つ深呼吸をして、昨夜のレイが疲れたと言って返ってきてタキスに抱きついた時の様子を実際に身振りを交えながら説明したものだから、その場は暖かな笑いに包まれたのだった。
「もう、皆して僕をおもちゃにしないでください!」
猫のレイを抱きながらのレイの抗議は、これ以上ないくらいの笑顔での抗議だった為、残念ながら誰の相手にもされなかったのだった。
「はいはい、君はここだね」
ようやく笑いが収まったところで、窓際に置かれた大きなテーブルにお茶とお菓子が用意されて、それぞれ席に着く。
猫のレイは、当然のように座ったレイの膝の上だ。即座に執事が柔らかな膝掛けを用意してくれたので、レイは膝掛けをしてから改めて猫のレイを膝の上に置いてあげた。
「レイは人気者ですね。それにしてもこんなにも沢山のお花が満開ですね。とても綺麗です」
猫のレイを撫でているレイを見たタキスが、嬉しそうにそう言ってから顔を上げて正面に広がる花ざかりの庭を見る。確かに前回来た時よりもさらに咲いている花の種類が増えている気がする。
「気に入っていただけて嬉しいですわ。この庭は、義母上が好きな花を中心に植えてもらっているんです。もちろん私もティアも、とても気に入っていますわ」
笑顔のマティルダ様の言葉に、用意されたお菓子を見ていたレイが思わず顔を上げる。
「あの、マティルダ様。サマンサ様はどうなさったのですか? もしかして、またお加減が悪いのでしょうか?」
また会えると思って楽しみにして来たのに、サマンサ様のお姿が無くて密かに心配していたのだ。
「ああ、大丈夫よ。本当なら義母上も一緒にお茶をいただく予定だったのだけれどね」
笑ったマティルダ様がそう言ってティア妃殿下を見る。
ティア妃殿下もその視線を受けて小さく吹き出して何度も頷く。
「お祖母様ったら、先程ここへ来る前にご一緒しようと思ってお部屋へ伺ったんです。そうしたら、ソファーで横になって子猫達とくっついで熟睡していたのよ。顔の横に二匹と胸元に二匹、それからここのところに二匹でね。声をかけても全然反応が無かったので、とりあえずそのまま休んでいただいているの」
笑いながらそう言って、顔の右側と右の肩の首元、それから左の腕の内側を示す。
「義母上は動きもゆっくりだし、基本的にじっとしている事が多いから、子猫達にとっては安心出来る相手のようで、最近では日中だけでなく、夜もベッドに乱入しているって聞いているわ」
ティア妃殿下とマティルダ様の言葉に、皆笑顔になる。
「えっと、子猫達は小さいから大丈夫だとは思うけど、サマンサ様のお体に負担は無いですか? 重くないですか?」
心配そうなレイの質問に、マティルダ様とティア妃殿下が揃って笑いながら頷く。
「大人の猫達と違って、まだまだ小さいですからね。でも、六匹まとめて胸の上に上がってきた時には、さすがに見かねた侍女が助けてくれたそうよ」
「ええ、胸の上は駄目ですよ。息が止まってしまいます!」
慌てるレイの叫びに、マティルダ様とティア妃殿下が揃って吹き出し、遅れてアルス皇子も横を向いて吹き出していた。
「そこはちゃんと付き添いの執事や侍女達が見てくれるから大丈夫だよ。奥殿では、猫と一緒に寝るのは特権とされているからね。最近では、お祖母様が子猫達をほぼ独占しておられるみたいだね。レイは大抵は母上や父上と一緒と聞いているね。他の子達は、その日の思いつきで好きなところで寝ているよ。たまにベッドに来てくれたら、私もティアも大喜びなんだ」
笑ったアルス皇子の言葉に、ティア妃殿下とマティルダ様も笑いながら頷いている。
「そうなんだ。ええ、君って陛下やマティルダ様のベッドに乱入しているの?」
笑いながら膝の上を陣取る猫のレイを撫でてやる。
ご機嫌で喉を鳴らした猫のレイは、またレイのお腹に額を擦り付けて甘え始めた。
「君は本当に自由だねえ」
呆れた様に笑ったレイは、ご機嫌でモゾモゾと動く猫のレイが落ちない様に膝掛けを引っ張って位置を直してやってから、用意された胡桃とベリーのジャムのパイにそっとナイフを入れたのだった。




