奥殿へ
「お待たせ〜〜〜!」
乱取りを終えたレイ達が、汗を拭きながらタキスの元へ駆け寄ってくる。
「はい、お疲れ様でした。では、とりあえず部屋に戻って湯を使いましょうね。皆、汗臭いですよ」
「ええ、酷い。タキスだって走って汗かいたくせに!」
「私は、そこまでは汗をかいていませんから」
レイの抗議の声に平然とそう言ったタキスが、立ち上がって早足で屋敷の方へ戻って行く。
「待て〜〜〜!」
ふざけた様にそう言ったレイが、後を追いかけて背後から覆い被さる様にしてしがみつきにいく。
「そんな汗臭い体で抱き付かないでください!」
その瞬間、軽く身をかわしてレイの腕から逃れたタキスが走り出し、吹き出したニコスとギードも揃ってタキスを追いかけて走り出す。
時に、周りの樹木や花壇の縁に積まれた石段まで利用して、飛んだり跳ねたりしながら走って逃げるタキス。
それを見て笑ったレイが、律儀にその後を真似て走りながら追いかける。当然、それを見て揃って吹き出したニコスがまたその後を真似て走りながら追いかけ、一人体重が重くてそんな真似が出来ないギードは、笑いながら両手を広げてまっすぐに三人の後を追いかけて走っていたのだった。
「あはは、ここの道も、本気で走ればかなりの難易度になりそうだね」
屋敷に到着したところで本気の追いかけっこは終了となり、全員揃って息を切らせて座り込んでしまった彼らを見て、待機していた執事達は慌てていたのだった。
「お疲れ様でした。ご用意出来ておりますので、まずは湯をお使いください」
「はあい、ほら立って」
なんとか息が整ったところで苦笑いしたラスティにそう言われて立ち上がったレイが、元気に返事をしながらまだ座り込んでいるタキス達の腕を引いて立たせる。
「はあ。朝からなかなかに有意義な時間でしたね」
面白がる様に笑ったタキスの言葉に、揃って吹き出したレイ達だった。
一旦それぞれの部屋に戻って湯を使って汗を流し、ゆっくりと朝食をいただいた後はそのまま書斎に移動してのんびりと本を読んで過ごした。
レイは、しばらく出来ていなかった大学の予習をする為にノートを広げ、タキスにお願いして、急遽医学と薬学についての講義をお願いしたりもしていた。
「はあ、僕は別に医者になりたいわけじゃあないのに、ここまで勉強する意味ってあるのかなあ」
他とは比べ物にならないくらいに分厚い医学の参考書を積み上げたレイが、大きなため息と共にそう呟いてノートを見る。
さすがにタキスの講義はとても解りやすく、これなら次の授業は何とかなりそうだ。
「確かにそうかもしれませんが、せっかくの学べる機会なんですから頑張ってください。知識と技術はいくらあっても邪魔になりませんから」
「はあい、がんばりま〜〜す」
笑ったタキスに背中を叩かれ、気の抜けた返事を返すレイだった。
早めの昼食を食べてから、タキス達は用意された外出着に着替えてから馬車に乗ってお城へ向かう。
ここで一旦レイだけ本部へ向かい、タキス達はそのまま馬車でお城へ向かう。
レイは、本部で待っていてくれたルークとマイリー、それからカウリと共に奥殿へ向かう。
一方、レイと別れたタキス達は来客用の門からお城に入り、待っていた執事達の案内でそのまま奥殿へと向かった。
「前回、奥殿へお招きいただいた時は、確かレイが小さくなっていたんですよね」
執事達に前後を挟まれて奥殿への廊下を歩いていたタキスが、ごく小さな声でそう呟く。
「ああ、確かそうだったな。今思い出しても、あの小さなレイは可愛かったよな」
隣を歩いていたニコスも、笑いながらごく小さな声でそう呟き、横目でお互いを見た二人は堪えきれずに小さく吹き出していたのだった。
奥殿に到着したのはタキス達の方が早かった。
「ようこそお越しくださいました」
案内された、庭を見る大きな窓のある部屋に通されたタキス達を、笑顔のマティルダ様とティア妃殿下が出迎えてくれた。
「ニコス。来てくれて嬉しいわ」
ふんわりとした妊婦用のドレスを纏ったティア妃殿下が、笑顔で駆け寄りニコスの手を取る。
「厚かましくも押しかけて参りました。お加減はいかがですか、姫様」
懐かしい、昔の呼び方で呼ばれてティア妃殿下が破顔する。
「ええ、今のところ順調だそうよ。体調も良くて食事が美味しいの。ああ、懐かしいわ。もう、そう呼んでくれるのはニコスだけになっちゃったわね。嬉しい、もう一度呼んで」
「姫様、わがままをおっしゃってはいけませんよ」
苦笑いしたニコスが、軽く咳払いをしてから重々しい口調でそう言って、妃殿下に取られた手を反対の手でそっと重ねて撫でる。
「いいの。ニコスは私の特別だからいいの」
子供の様に口を尖らせたその言葉に、横で聞いていたアルス皇子が小さく吹き出す。
「ううん、まさかニコスに嫉妬する日が来ようとはね」
「し、失礼いたしました!」
拗ねた様な声でアルス皇子にそう言われて、慌てるニコスを見たアルス皇子とティア妃殿下は、揃って仲良く笑っていたのだった。




