深夜のお茶会とレイの願い
「あれあれ、まだ起きていたの?」
その夜、夜会を終えてかなり遅い時間に瑠璃の館に返ってきたレイは、笑顔のタキス達に出迎えられて驚きつつも嬉しそうに三人と手を叩き合った。
「ええ、一緒にいられる貴重な時間ですからね。重いですよ。ほら、離れて」
タキスに横から抱きつき嬉しそうに笑っていたレイだったが、額を軽く叩かれてしまい笑いながら手を離す。
「俺達は、遅めの夕食をいただいた後は書斎でずっと読書をして寛いでいたんだよ。それで、せっかくだからレイが帰ってきたら深夜のお茶会にしようかって話していたんだ。もう、レイはお腹は一杯かな?」
笑顔のニコスにそう言われて、レイが目を輝かせる。
「逆に僕は、夜会の前に早めの夕食を食べたきりで、あとはお菓子とワインだったからね。実を言うと、ちょっと小腹が空いているから何か食べてから休もうと思っていたの。じゃあ、あの四角いアップルパイを食べてみる?」
笑いながら、両手で掴んで食べる振りをする。
「ええ、ではそうしましょう。ほら、まずは部屋着に着替えてきてください。私達は、先に部屋で待っていますからね」
「はあい、じゃあ後でね」
並んで廊下を歩きながら背中を叩いたタキスにそう言われて、笑顔で頷いたレイはアルベルト達に付き添われて一旦自分の部屋に向かった。
タキス達は、そのまま別の執事達に案内されて、書斎横にあるいつもお茶をいただく時に使っている部屋へ行きそこでレイを待つ。
「帰る相談をしたら、レイは寂しがるじゃろうなあ」
座り心地の良い大きなソファーに座ったギードが、ため息と共にそう言って天井を見上げる。
「そうだな。だけどいつまでも世話になるわけにはいくまい」
隣に座って苦笑いしたニコスの言葉に、タキスも困ったように笑いながら向かいに置かれたソファーに座り、お茶の用意をしてくれている執事達を振り返った。
「ですが、本当にそろそろ帰らないと、こんな怠惰な生活を続けていては、冗談抜きで森での生活の仕方を忘れてしまいそうです」
「まあ、ここにいれば至れり尽くせりじゃからなあ。確かに働き方を忘れてしまいそうじゃわい」
ため息と共にそう言ったタキスの呟きにギードも同意するようにそう言って吹き出し、ニコスも苦笑いしながら何度も頷いていた。
「お待たせ。ああ、紅茶の良い香りだね」
楽な部屋着に着替えてきたレイが、部屋に入るなり嬉しそうにそう言ってタキスの隣に座る。
テーブルを挟んだ向かい側に、ギードとニコスが並んで座っている。
「紅茶の新茶が届いたところでしたので、本日はレイルズ様にも紅茶をご用意させていただきました。カナエ草のお茶が良ければそちらもございますが、いかがなさいますか?」
笑顔のアルベルトの言葉に、レイは目を輝かせて頷く。
「紅茶をお願いします!」
基本的に、竜騎士隊の本部にいる時はほぼカナエ草のお茶一択なので、今日のようにどこかのお店に行った時や、お茶会に招かれた時くらいしか紅茶をいただける機会が無いので、ちょっと嬉しい。
それぞれの前に、紅茶のカップとティティー母さんのお店で頂いた四角いアップルパイのお皿が並べて置かれるのを、レイ達は笑顔で見つめていた。
「じゃあ、皆の健康とティティー母様のご長寿を願って、乾杯」
笑ったレイがそう言って紅茶のカップを軽く上げる。タキス達も笑顔で頷きそっと紅茶のカップを上げてからそれぞれ紅茶を一口飲む。
それから顔を見合わせてカップを置き、揃ってアップルパイを両手で掴んで食べ始めた。
普段ならそんな食べ方を絶対にしないはずのレイ達を見て、事情を知らない執事達は驚き大慌てとなり、笑ったレイが手にしたアップルパイを見せながら、こんな食べ方をした事情を説明する羽目になったのだった。
「ところでレイ、ちょっと相談があるんですが、よろしいですか?」
「え? また何かあったの?」
豪快に手掴みでアップルパイを食べ終え、油で汚れた手を洗ってきてから改めて席について少し冷めた紅茶を笑顔でいただいていたのだが、居住まいを正したタキスにそう言われて驚いたレイも紅茶のカップを置いて隣に座るタキスを見た。
「実は、そろそろ蒼の森へ帰ろうかと三人で話していたんです」
突然のタキスの言葉に目を見開いたレイが、一瞬何かを言いかけてグッと口を噤む。
「か……帰るの?」
俯いたレイが、消え入りそうな小さな声でそう尋ねる。
「ええ、すっかり長居してしまいましたからね。ロディナの皆様やシヴァ将軍、それにアンフィーに甘えるのもそろそろ限界でしょう?」
当然のようにそう言って苦笑いするタキスの言葉に、顔を上げたレイは泣きそうな顔でそっとタキスの手を取って握った。
「ねえ、タキス……」
だが、その後の言葉が続かずにまた俯いてしまう。
タキスは、そんなレイを見ても何も言わない。
小さなため息を一つ吐いたレイは、ゆっくりと顔を上げてから意を決したように口を開いた。
「ねえタキス。オルダムに来てくれるって選択肢は……無いですか?」
「今、まさにオルダムに来ていますよ?」
「違う。そうじゃなくて!」
あえて、レイが何を言いたいのか分かった上での若干白々しいタキスの言葉に、しかしニコスとギードも特に何も言わない。
「違う、そうじゃなくて……」
先程の叫びと同じ言葉をもう一度呟いたレイだったが、俯いたその声は消え入りそうなくらいに小さい。
「レイ、それ以上は言ってはいけませんよ。私達の家は、蒼の森の石の家です」
優しいタキスの言葉に、俯いたままのレイは何度も首を振る。
「だって、ここにいれば朝から晩まで泥にまみれて働く必要は無いし、本だって好きなだけ読めるよ。タキスが望むなら王立大学への再入学だって、白の塔に医師として復帰する事だって出来ると思う。もちろんニコスやギードにも、ここでずっと一緒にいて欲しいって願うのは……そんなに駄目な事なのかな。ルークだって、故郷のハイラントからお母さんをオルダムに招いているよ。家族と住む、その為のお屋敷なのに……」
俯いたままの震えるようなごく小さな声だったが、それは三人の耳にしっかりと届いていた。
「レイ。わがままを言ってはいけませんよ。竜騎士となった貴方が蒼竜様と共に暮らす場所がここオルダムであるのと同じように、私達が暮らす場所は、蒼の森の石の家なんです。家畜達やラプトル達だけでなく、あそこには蒼の森に住む様々な精霊達やブラウニーだっています。長年かけて開拓した広い畑や薬草園だってあります。それを全部放り出せと?」
優しい声だったがはっきりとしたその断りの言葉に、俯いたレイがタキスの手をもう一度両手でぎゅっと握りしめる。
「でも……でも……」
俯いたまま何も言えずにタキスの腕をすがるように握りしめるレイを、黙ってソファーの背に座ったブルーの使いのシルフとニコスのシルフ達が、揃って心配そうに見つめていたのだった。




