午前中の読書と討論会
「おう、何だ。今頃食事か」
軽々とラプトルから降りたガンディが、庭に出たテーブルを見て笑う。
「もう食事は終わってます。それで今から書斎へ行くところです」
「おうそうか、では行くとしよう。だがその前に、クラウディアとマークの額を見てやるから来なさい」
笑いながらそう言われて、顔を見合わせた二人は大人しくガンディの後について先に部屋に入って行った。
その後ろ姿を見送ったレイ達は、四人揃ってこちらも顔を見合わせて同時に吹き出したのだった。
「全く、この石頭が。二度もぶつけたお前がケロっとしてるってどういう事だよ」
キムの笑った言葉に、レイは今気づいたと言わんばかりに目を見開いてガンディ達の後を追って叫んだ。
「ねえガンディ! 僕もぶつけてるんだけど診てくれないの!」
その声に、残された三人はしゃがみ込んで大笑いしていたのだった。
今回はクラウディアもマークも湿布を貼るほどではなかったようで、診察が終わった二人とガンディも一緒に書斎へ向かった。
「ほう、ディレント公爵がこれを……素晴らしい」
山積みになった追加の本を見て感心したように呟く。
「おお、これは伝説となっておる精霊魔法使いのインフィニタスの著書ではないか。これは儂も初めて見るな」
嬉々として本を漁り始めるガンディを見て、レイ達も笑顔になる。
「この本は、このままここに全部置く事にしました。ガンディもよかったら読んでくださいね」
「何じゃ、せっかく頂いたこれ程に貴重な本を持って帰らぬのか?」
驚くようにマークとキムを振り返る。
「いや、俺達の住んでる所って、合同生活が基本の兵舎ですからね。保安上の問題もありますし、その前にこれだけの本が置ける場所がありません。それに比べたら、ここは本にとってはこれ以上無いくらいに良い環境だと思います。しっかり管理と保存をして頂ける場所があるのですから、お願いしない手はないでしょう?」
「それにここに置いておけば、他の竜騎士隊の皆様にも読んでいただけますから」
キムの言葉に、苦笑いしたマークも頷く。
マーク達だって、自分の家があって執事が管理してくれる安全な場所があるのなら、持って帰って気が済むまで読みたい気はある。だが、彼らの住んでいる場所は他の一般兵達と合同の兵舎だ。二人の使っている部屋は、ベッドと机以外はほぼ何も無いような狭い部屋だから言ったようにそもそも場所が無い。
「成る程、確かにそうだな。では儂もここで遠慮無く読ませてもらうとしよう」
先ほど見つけたインフィニタスの精霊魔法論を手にしたガンディは、嬉しそうに本を開いて読み始めた。
レイ達も、新しく頂いた本の中から気になっていた本を手に取り真剣に読み始めた。
少女達も何冊も積み上がっている本の中から好きに選んで読み始める。
しばらくの間、書斎は静かな息遣いと時折頁をめくる音、そしてペンの音だけが聞こえていたのだった。
「あの、ガンディ様。ちょっとよろしいですか」
マークの声に、ガンディは読んでいた本から目を上げてマークを振り返った。
「おう、如何した?」
「この合成魔法の構築式について、見て頂きたいのですが構いませんか」
「もちろんだ。どこだ?」
本に栞を挟んで横に置くと、マークの隣に座る。同じく本から顔を上げたレイとキムも、その声に急いで彼らの左右に来て座る。
クラウディア達も、読んでいた本を置いて彼らの周りに集まって座った。
そこからガンディとマーク、キムの三人が中心になって、火と風の合成魔法と水と土の合成魔法を更に再合成した際の構築式の変化についての話となり、あちこちで激論が交わされているうちにあっという間に時間が過ぎていったのだった。
「ええ、待ってください。それでは計算が合いません」
「そんな筈あるまい。ここは共通なのだから計算する必要はあるまいに」
「こっちは違います。なので共通なのはここからです!」
「待て待て、それは前提がおかしい。その前の段階からもう一度やり直せ」
「やり直したから変わっているんですって。おかしいのはこっちです!」
最初のうちは遠慮していたマークだったが、途中から気が付いたらガンディと対等にやりあっていた。
興奮すると声が大きくなるのはある程度は仕方あるまいが、ここには少女達も一緒にいるのだ。
途中から彼女達は驚きのあまり自分達の話を止めて、不安そうに怒鳴り合う彼らを見ていた。
特に、ニーカは誰かが大声を出す度に、小さく飛び上がってはため息を吐いていた。
『ねえちょっと落ち着いてくれる』
クロサイトのシルフがそう言って二人の間に入る。
しかし、頭に血が上っている二人は全く反応せず、自分の書いたノートを手にして怒鳴り合うようにして持論を展開していた。
『だから一旦その口を閉じろって! ニーカが怖がってるだろうが!』
いきなり怒ったようにそう叫んだクロサイトの使いのシルフは、ガンディの鼻っ柱を力一杯叩き、返す手でマークの鼻先も力一杯叩いた。
何かが弾けるような大きな音がして、ガンディとマークが椅子から転げ落ちる。
その音に飛び上がったレイとキムが慌てて立ち上がり、床に転がって鼻を押さえる二人に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
大柄なガンディの体を苦もなく抱き起こしたレイは、そう言ってガンディの顔を見た。
「お、おうちょっと驚いただけじゃ」
横では、同じくキムに抱き起こされたマークが痛そうに鼻を押さえている。
『ニーカが怖がって泣いちゃったじゃないか』
『本当に気を付けてよね』
怒ったクロサイトの言葉に男性陣が全員揃って振り返る。
クラウディアに抱きつくようにして目を潤ませているニーカと目が合い、二人は即座に頭を下げた。
「怖がらせてしまって申し訳ない」
「うわあ、ごめんよ、ちょっと興奮して話してただけだから、泣かないでくれよ。本当にごめん」
「もう、怒ってない……?」
消えそうな声でニーカが尋ねる。
「怒ってない怒ってない」
「うんうん、全然怒ってないって」
二人は声を揃えて顔の前で手を振る。
「ほら、仲良しだぞ!」
ガンディがマークの腕を取って腕を組んで見せる。マークもそれに倣って、ガンディの腕に縋るようにして笑って見せる。
「本当に……?」
揃って頷く二人を見て、ニーカは赤い目をしたままにっこりと笑った。
「良かった。私、男の人が怒鳴り合ってるのって、この国に来て初めて見たわ。タガルノの時ほどじゃ無いけど……ちょっと怖かったです。向こうでは怒鳴られたり殴られたりするのが、当たり前だったから……」
消えそうな小さな声の告白に、ガンディとマークだけでなく、一緒になって大声で話をしていたレイとキムも、揃って頭を下げた。
「ふむ、少々頭に血が上っておったようじゃな。少し時間を置くか。そういえばもうそろそろ昼時であろう。一度休憩することとしよう」
苦笑いしたガンディの言葉に皆も頷き、隣にある休憩室へ行く事にした。
「怖がらせたお詫びに、抱いて行ってやろう」
そう言ったガンディが、軽々とニーカを抱き上げる。
「歩けますよ」
そう言いつつも視界が一気に高くなったニーカは嬉しそうだ。
笑ったニーカにキスを贈り、ガンディはゆっくりと廊下へ出て行った。
慌てて後を追うレイ達と一緒に、集まって来ていたシルフ達も一緒に隣の部屋へ移動して行ったのだった。
『ちょっとやりすぎちゃったかなあ』
ガンディと笑って話すニーカを見ながら、少し離れて飛んでいたクロサイトのシルフがそう呟く。
『あれくらい別に良いではないか』
笑ったブルーのシルフの言葉に、クロサイトのシルフも笑って頷く。
『そうだよニーカを泣かせたんだもの』
『当然だよね』
胸を張ってそう言うと、ふわりと浮き上がってニーカの肩に座った。
そして愛しい主の柔らかな頬に、慰めるように何度もキスを贈るのだった。




