53 行軍部隊
「今日って、平日だよね?」
「そうだねぇ」
「私たちって、普通に学校あるよねぇ?」
「うん。でもいいんじゃないかな。楽しそうだし」
「そういうもの?日本って案外ゆるいんだね」
「日本全体のことにされるとちょっと困るかなぁ」
香織とめぐみはいつもと変らない調子で会話を交わす。今日は月曜日。時刻は午前十時を過ぎており、本来なら高校で授業を受けている時間である。しかし今二人がいるのは高校の教室ではない。
「再開発計画継続、反対!」
「再開発計画継続、反対!」
周りにいる老若男女の集団が、一人の掛け声を復唱するように繰り返しながらゆっくりと行進している。香織とめぐみもその歩調に合わせてついて行く。もう随分歩いている気がするが、一体どこに向かっているのかはよくわからない。最前列では大きな横断幕を横一列に持ちながら歩く者たちがいて、その幅に合わせるように集団が続く。さらに前では警察官がこの一団を誘導している。これは、再開発区域に指定された住民のデモ行進なのだ。よって区域外に家がある創紀は参加していない。
周りの大人に聞いた話によると、発起人は悠星と同じ学校に通う中学生ということだった。今日、彼らの中学は学校祭の振替で休みなのだった。香織たちは面識がないのでどこにその人物がいるのかはわからない。それどころか悠星の姿さえ見つけることができない。
「なんかお祭りみたいだね」
のんびり言うめぐみに対し、香織はぎこちなく笑う。
「めぐみのその暢気さ、ちょっと分けて欲しいよ」
「あはは。まぁいいじゃん。気持ちいい天気だよぅ」
「まさかここまで大事になるとはね……まぁいいか」
最後の台詞はめぐみにというよりも、半分独り言のように空を仰いで呟いた。秋空はどこまでも高く、うろこ雲がわずかに浮かんでいた。
* * *
間抜けな顔で口をあんぐりと開けたまま、こちらへ向かって行進してくるその一団を見下ろしている悠星には、一体何が起きているのかよくわからなかった。最前列の人々が掲げた横断幕に黒々とした文字で大きく書かれた「再開発計画継続反対」という文言と、おそらく同じ言葉を繰り返していると思われる声がわぁわぁと聞こえてくるので、これがデモ行進であることは理解できた。
「な、なんで?」
こんな絶妙なタイミングでデモ行進など行われているのだろう。今までは息を潜めるように様子見をしていたはずの大人たちが、なぜ今になってこんな大規模なことをやっているのだろう。
「そりゃあ、お前がまいた種がうまく育ったってことじゃねぇのか?俺らの作戦も捨てたもんじゃなかったってことか」
隣の俊也は面白いものを見たかのようににやりと笑いながら、どこか誇らしげに言ってのけた。悠星はにわかには信じられなかったが、近づいてくる一団の声は今やはっきりと聞こえてくるほどだ。そこまで近づいてきて、横断幕を中央で持っている人物をようやく見分けることができた。
「晃??」
それは間違いなく、悠星のクラスの学級委員の晃だった。
行進が止まると、掲げられた横断幕の隣から一人の男が歩み出てきた。手にはスピーカーを持ち、こちらに向けている。
「我々は今まで、今回の再開発計画に対しては静観の態度を示してきました。それは計画の正当性を説かれたことも大きな理由です。しかし今回、そこに疑問が呈されました。訴えたのは、まだ中学生の少年です。もう静観している場合ではないとようやく気付き、我々は声をあげるべく立ち上がったのです。我々は今、真実の開示を求めます」
スピーカーを通した朗々とした声ははっきりと聞き取ることができた。背後の集団は同意を示すように声をあげ、手を叩いている。
「これだけの騒ぎとなれば、もうごまかしは効かないでしょう。おそらくは警察も動き出すはずです。さぁ、どうされますか」
静かに問うのは昭善の声。皆が一斉に、その問いをかけられた斑野を見る。デモの集団から目を戻した斑野は、ただ真っ青な顔をして黙って立ち尽くしていた。




