52 押し問答
「何でしょう、桂木殿」
鷹揚に微笑んでいるように見えるが目は笑っていない。斑野は注意深くこちらの様子を伺っているようだ。
昭善はひとつ咳払いをすると、おもむろに口を開く。
「これらの資料は全て正式な書類でしょうか」
「もちろんです。何か不足がございましたか」
心外だと匂わせるような斑野の言に、昭善はあくまで余裕の態度で告げる。
「いえ、不足というわけではないが、私の手元にある資料とはいささか齟齬があるようでして」
「資料、ですと?」
その発言が意外だったのか、斑野は眉を寄せた。もはや営業スマイルはほとんど崩れている。一方で昭善は毅然とした態度を崩さないまま、懐から一枚の紙を取り出して斑野の前に差し出した。
「これは……」
手に取ってそれに目を通した斑野は傍目にもわかるほど顔から血の気が引いていった。悠星と俊也には一体何が起きているかちんぷんかんぷんである。だがこの状況で質問するわけにもいかず、居心地悪そうにただそのやりとりを見守っている。
その疑問のこたえは、その後に昭善が語ったことで明らかになった。
「あなたは、この計画が行政にも承認されて進めているものと仰った。しかし私にはどうにもこの計画には無理があるように感じましてね。実際のところはどうなのか、役所に直接問い合わせてみたんです。すると、確かにそういう計画があるが、今は保留中という答えが返ってきたんです」
どうやら昭善が見せたのは、役所からの答申だったようだ。つまりそこには、役所がこの計画は把握しているものの、態度としては保留中であると書かれていたということだ。それが真実ならば斑野の言う正当性は存在しないことになる。そんな文書を見せられたのだから青くなるのも当然だ。
しかし斑野はなおも言い募る。
「そんなはずはありません。確かに私どもは承認を得ています。これは何かの間違いではないでしょうか」
「では、今から確かめに行きますか?あなたも一緒に」
「し、しかし。いや、本当にそんなはずはないのです。二年前に確かに」
斑野は混乱した様子だった。最初に見せていたような自信に満ちた態度はいまや見る影もない。自分の手元の資料をひっくり返し、頭をかきむしる。この期に及んでも落ち着き払った態度の昭善は少し不気味にも思える。
「御社の人事構造は存じ上げないが、おそらくこれはもっと上の人間がそうと見せかけたのではないでしょうか。どこかで人為的に情報がねじ曲げられて、あなたのような社員に伝えられた。本当にこのことをご存じなかったなら、お気の毒としか言えないが」
「ちょっと待ってください。こんなのは言いがかりだ。そちらの資料こそまがい物なんじゃないですか」
「ですから、疑われるなら一緒に確かめに参りましょう、役所まで」
「そんなことできるわけないでしょう」
ゆるぎない徹底攻勢をかける昭善に対し、斑野はけんもほろろといった様子だ。敵であるはずなのに、ちょっと斑野がかわいそうに思えてくるのはなぜだろう。
そんな押し問答を止めたのは、意外にも俊也だった。
「おい。……あ、失礼。なんか外から聞こえてこねぇか?」
呼びかけたのは昭善に向けてだったが、三人が一斉に俊也を見たので気まずげな声になった。言い合いを止めた昭善と斑野、そして悠星も音に集中する。確かに何か大勢の人間が声を合わせているようなものが、窓の外のほうから聞こえてくる。
斑野を先頭にして、四人は窓のほうへ歩み寄った。そして眼下の街を見下ろしてみる。
「え……」
その光景を見た四人は、みな一様に呆気にとられてその場に立ち尽くした。




