51 いざ、敵陣へ
正直なところ、悠星はこんな風にいきなり乗り込んだところで門前払いを喰らうだけだと思っていた。ところが。
「それでは応接室へご案内いたします。こちらへどうぞ」
かなり大きなオフィスビルのエントランスで昭善が受付嬢に取次ぎを頼むと、秘書らしき女性がすぐにやってきた。女性は落ち着いた様子で用件を聞き、三人を先導してエレベーターホールへ向かう。
今この状況で悠々と構えているのは女性のすぐ後について歩く昭善だけで、悠星と俊也は少々腰の引ける思いでさらにその後に続いている。エレベーターホールには三機のエレベーターが並んでいて、女性が上階へのボタンを押すと程なく扉が開いた。四人で乗るには立派過ぎるほど広く、奥はガラス越しに外の街並みが見えるようになっている。女性が階のボタンを押すと、揺れひとつなく上昇を始めた。悠星はちらちらと外を見てしまう。地面が遠のいていくさまは、これからどこかとんでもないところへ連れて行かれることを暗示しているようで怖かった。
エレベーターが停まり、扉が開くと暗い廊下が見えた。このフロアが敵陣の事業所のようだ。どこからか電話の鳴る音がくぐもって聞こえてくる。悠星たちはフロアの部屋のひとつに通された。
「それでは、こちらで少しお待ちください」
三人にソファをすすめ、それぞれにお茶を出すと女性は一旦退室した。そのお茶も落ち着き払った態度で口をつけているのは昭善だけだ。悠星は隣の俊也にひそひそと話しかける。
「なんか、ドラマとかに出てきそうな部屋だね」
部屋は応接室というだけあって、調度品もきちっとしたもので整えられている。今座っているソファは革張りで、床には毛足の短いじゅうたんが敷かれている。壁にはきれいな形の間接照明が付いていて、柔らかな光が部屋を照らしている。
「まずは下手に出て丸め込もうって腹か。応対が丁寧すぎて逆に寒気がするぜ」
俊也も悠星と同じくこの場にのまれているようだ。二人は昭善の手前、こそこそと部屋の様子を観察していた。そうしているうちにノックの音がして、その男が入ってきた。二人分のお茶は手をつけられることなく冷めていた。
「これはこれは。わざわざご足労いただきまして」
「いえ。こちらこそお時間いただき感謝します」
斑野が仰々しくあいさつすると、昭善もソファから立って応える。あとの二人もそれに習う。
すると斑野は悠星に一瞥をくれた。実際に対峙するのはあの夏休みの街角以来だ。その視線は冷たく、鋭い。悠星も負けじとにらみ返すが、すぐに目を逸らされた。
再び座るようすすめられ、三人はソファに座りなおす。その向かいに斑野も座る。その手には何かの資料を携えている。それを三人の前のローテーブルに広げる。
「今回の再開発計画についてということですが、私どもの説明不足で、実は今もたくさんの問い合わせをいただいているところです。本来なら私の方から出向くべきところをこうして足を運んでいただきまして、恐縮の極みです」
まるでこちらが何かを喋ることをさせないとでもいうように斑野は先に立って話を進める。
「皆様にご説明させていただいているところですが、今回の計画遂行までの経緯です。先のご説明の通り、二年前には行政との書類も交わしています」
目の前に並ぶ資料は難解で、悠星には何が書かれているのかさっぱりわからない。それを大人たちはじっと睨んでいる。
「これで我々の計画の正当性はおわかりいただけたでしょうか」
そこまで一方的に話を進めてきた斑野が初めてこちらに水を向けてきた。何か言ってやりたい気持ちはあるが、悠星にはこの状況で何を言っていいものかわからなかった。俊也も難しい顔で黙り込んでいる。
膠着状況の中、おもむろに口を開いたのはやはり昭善だった。
「少し、よろしいですかな」
威厳に満ちた昭善の声に、部屋の空気が緊張をはらんだ。斑野はなんとか平静を取り繕った様子で昭善をまっすぐに見据えた。




