実 習
家にいないことも多々あるので、毎日更新は厳しいです。
ご了承ください。
どこまでも広がる荒野――。
そこは“イーワルド魔宝学院”教室棟の一角。 その扉は光の粒子で構成された鎖によって封じられており、“移動教室”の時だけ教師の手によって解放される。
扉の先はどういうわけか、“屋内でありながら屋外”へと通じている。
その場所は隕石が豪雨のように降り注いだのか、大地は荒れ果て、真新しい大量のクレーターと地割れ痕があるばかりだ。
学院内にいたはずなのに、教室の扉をくぐるとこんな場所に出るとは、ファンタジー世界恐るべし。
なんでも今日は、魔宝族と隷い手の戦い方を学ぶ実習だそうだ。
俺からすれば召喚されたばかりで、昨日の今日って感じなのだが、魔宝族の生徒にとってはずっと座学で勉強してきた事を試せる記念すべき日、らしい。
「にゃんだにゃんだ? 大きな欠伸にゃんて“人族”様は随分と余裕ですにゃ~?」
眠気を抑え大きな欠伸をしていると、獣人族の女が声をかけてきた。
昨晩レイヴァと同じ部屋で寝る事となった俺は、緊張のあまり結局一睡もしていなかった。
白いネグリジェのような寝巻に着替えたレイヴァは、チョイチョイと手招きをして、俺に自分の隣で寝るように促してきたが、年齢=彼女なしの俺にとって、彼女と同じベッドで眠るというのは刺激が強すぎるので、その申し出を断った。
レイヴァは「気にするな、私と君の仲じゃないか」 等ど、思春期男子を惑わす発言で食い下がってきたが、「俺の故郷では未成年男児はベッドで眠ってはいけない掟がある」 と、しょうもない嘘をついて誤魔化した。
斯くして自分でついたしょうもない嘘のせいで眠る場所がなくなった俺は、頭の中の煩悩を払う為、一晩中筋トレに勤しんだとさ、めでたしめでたし。 ……ハァ。
「今度は溜息にゃ……、一体なんにゃん? 腹でも減ってるのかにゃ? 朝ごはんの時に喉に刺さった魚の小骨がちょうど取れたからやろうかにゃん?」
「そんなもんいらんわ!」
ウリウリと人の頬っぺたに小骨を刺してくる獣人族のネコ耳少女。
今日は朝からこんな感じに絡んでくる輩が非常に多い。
幼女とレイヴァの決闘宣言騒動のおかげで、ただでさえ“人族”ということで悪目立ちしていたのに、もう一躍時の人状態だ。
「にゃんにゃんにゃ~ん♪にゃにゃにゃん、にゃ~ん」
「えい」
とりあえず、いつまでもリズミカルな小骨攻撃をやめないネコ娘の頬ヒゲを一本引き抜いた。
「痛ッて!!何するにゃん!!」
バシッ、と左フックの猫パンチが飛んできた。 手のひらの肉球がプニプニしてて、以外に気持ちよかったのは内緒だ。
そういえば猫ってヒゲに神経通ってるんだっけ? このネコみたいな獣人も同じ様に通っているかは知らないが。
「オラオラオラオラ、……ニャオラァ!!」
「痛ッた!!」
俺が余裕そうな顔で連続パンチを受け続けていたら、この猫……爪を立てやがった。
「ふぅ、それにしてもお前、人族の癖にえらく頑丈だにゃ~。 でも闘鬼族のパンチはこんなもんじゃないにゃ。 お前程度じゃ一発で挽き肉ミンチにゃ」
「……分かってるよ、そんなこと」
人族の戦闘に置ける力は全種族中最下位、改めて言われるまでもない。
というか、昨日も俺の事片手で軽々と持ち上げてたしな。
「ご主人様の面目を潰す事にはにゃるけど、命だけは助けてもらえるよう“対戦相手”にお願いするのを勧めるにゃ。 じゃあにゃ」
そう言って猫娘はちょっとニヒルな笑いを浮かべて、ビッと“左手”でサムズアップをしながら離れていく。
ひょっとしてあいつ……俺の事を心配して言ってくれたのか?
他の連中とは違って、もしかしたらちょっとだけ良い奴なのかもしれない。
とりあえず、前回レイヴァの時は相手と同じ手でやると笑われたので、今回は“右手”でサムズアップを返したのだが、猫娘はニャフフそう返すかにゃ、と意味深に笑って立ち去って行った。
……誰かこのサムズアップの意味を教えてくれ。
「あ、そうそう言い忘れてたにゃ!」
「ん?どうした」
猫娘は何かを思い出したようで、踵を返してこちらに戻ってきた。
「明日の決闘なんだけどにゃ、会場でお弁当と飲み物売るつもりでいるから、全部捌けるまでなるべく長生きしろよにゃ」
……とんだクソ猫だった。
-------
「フフ、随分と仲のいい友人ができたみたいじゃないか」
この教室に到着てから、姿が見えなかった“我がご主人様”はそんなことを言いながら現れた。
「レイヴァさん、も~、今までどこ行ってたん……だよ……」
そしてレイヴァの後ろにはもう一人、いや正確には二人……、三メートルを超える鬼と、その肩に座っている稲妻ツインテールの幼女。
「あら、ご機嫌よう……顔色が悪いようですが、ご気分が優れないのかしら?」
「ッ!!? い、いえ……、大丈夫……です。 お気遣い感謝します。 お、“お嬢様”」
俺は、屠畜される豚を見るかの様な視線に怯えながら挨拶をする。
“ロウリィ・ボルトニング・コンプレッツォ”
見た目は少し癖のある金髪ツインテールの幼女。
明日決闘をする相手だ。
それがなぜレイヴァと一緒にここにいる?
「い、いや~お嬢様。本日は何時にもましてお綺麗で……、心なしか目線も高いな~なんて……」
「ええ、そりゃ闘鬼族であるソルガの肩に乗っているのですもの。 高くもなりますわ。 貴方は人族にふさわしい矮小さですわね!“小僧”!!」
「……ハハハ」
ヤベぇ、超怒ってる。 これたぶん何言っても許してもらえん感じや。
「こちらも大変だったのだ……。 あれからお嬢様はみんなから見下ろされてる気がすると言い出してな。 だからこうして、外に出るときはオレが担いでいる」
「ソルガッ!! 余計なことは言わなくてよろしいッ!!!」
ソルガが、ヤレヤレと愚痴っぽくそんなことを言うと、ロウリィは耳まで真っ赤にして怒っていた。 いや、あれは恥ずかしがっているのか?
「と、ところでお嬢様たちはどういったご用件で? 決闘は明日なんじゃ……」
「あら、ブレイディア。 貴方、自分の隷い手に話をしていなかったの?」
話? 何のことだ?
そうするとレイヴァは、ああそういえばそうだったな、というような反応で話始めた。
「魔宝族の戦闘実習は、他の魔宝族と組んでやるんだ。 残念ながら、私と組んでくれるものが誰もいなかったのでな。 今回だけは“コンプレッツォが相手”だ」
明日“命のやり取りをする相手”と組むことになった。
お読みいただきありがとうございました。
次回も宜しくお願い致します。
獣人族豆知識。
ベースは人族に近い外見をしているが、獣の特性を得て獣耳であったり爪や牙等があったりする。
また犬猫牛等、獣部分の種類は多岐に渡る。
この違いは人族で言うところの肌の色や体格の違いと似たようなものなので、一括して獣人族の括りに入る。
ちなみに人族が満月に狼に変身する“人狼”は、獣人族ではなく普通に括りは人族である。