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訳アリ食堂店員、勇者になってしまう〜学園の嫌われ者がイケメン英雄になるまで〜  作者: はえたたき


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8.ネックレス

 *


 店内には雷の焦げた匂いと、誰も言葉を発せない沈黙だけが残っていた。

 先ほど自分が折った気がする。こん棒を見下ろし、ゆっくりと自分の手を開いた。


 こん棒ってあんな簡単に折れるもんじゃないよね。


 手のひらの上では、さっき拾ったネックレスが温かい。

 青い宝石の中心に刻まれた剣の紋章が、脈打つように淡く光っている。


「ユラ」


 ヤマト殿下が静かに近づいてきた。

 先ほどまでの柔らかい雰囲気ではなく、王族としての鋭い目をしていた。


「そのネックレス……どうやって拾った」

「え、いや……さっき殿下の懐から落ちて……大事そうなモノだからすぐに拾ったら……いつの間にか手の中にあって……」

「拾えたんだな」

「え」

「普通は拾うどころか触れる事すらできない」


 ヤマト殿下はネックレスを見つめたまま低く呟く。


「あ、あの……どういう事ですか」

「これは王家に代々伝わる家宝。表向きはただの王家を証明する装飾品だが、本当は違う」


 ハヤミさんも不安そうに近づいてくる。


「殿下、それって……」

「勇者を探すための鍵。真の勇者が触れた時だけ、雷が落ち、宝玉が光る」

「……はい?」


 思考が一瞬止まった。

 勇者?いやいやいや。

 そんなの、俺と真逆の存在だろ。

 なんか中二病みたいじゃん。


「そのネックレスに触れる事ができるのは、王族と――――真の勇者のみ」


 ヤマト殿下の真剣な顔と、その勇者という単語の重みがズシリと事実を告げた。


「ま、またまたぁ。そんなワケないでしょう。俺みたいなデブスが勇者だなんて。あははのは」


 ありえない。こんなデブスが勇者だなんて。何かの間違いだ。

 この世界の神話に出てくる勇者と言ったら、筋肉質で、強くて超人なのはもちろんの事、自分とは違って超スマートでスタイル抜群な銀髪イケメンだと聞いている。自分とは正反対の外見で、魅力あふれる人物の事だ。

 だから自分などありえなさ過ぎて、妄想も大概にしろよと突っ込みたいくらい。


 そう脳内で否定し続けていると、ネックレスはまるで力を無くしたかのように俺の手からこぼれ落ちた。

 音を立ててまた床に転がる。


「ほら見てください。今は拾えなくなってますよ」


 ネックレスは、するりと指の間をすり抜けた。

 まるで、拒絶されたみたいに。


 やはり自分が勇者だなんてありえないのだ。きっとピンチだったから一時的に力を貸してくれた奇跡に違いない。こんなデブスでも光の魔力は微量ながらあるので、それに反応したんだろう。



「……保留にしておく」


 そう言いながらも、殿下の視線は一度もこちらから外れなかった。

 殿下はネックレスを拾って懐に仕舞いこんだ。


「あの……」


 今まで隠れていた美女がやっと声を掛けた。


「先ほどの男共を追っ払ってくださってありがとうございます。助かりました」

「あ、い、いえ……!なんとか追い払えてよかった……ってそれより手当てをしましょう。痛いまま放置してすいません」


 バイト戦士が救急箱を持ってくるのを受け取る。ぎこちない手当てをするその俺を、じっと探るように殿下は見つめ続けていたのだった。



 包帯を巻き終える頃、店内はだいぶ落ち着いていた。

 バイト戦士も親父もいつも通り閉店作業を行っている。落ちた雷の跡は応急処置として板を打ち込んだ。


「……ありがとうございます。私、サクラコ・ダンノウラと申します」


 青髪の女性は小さく頭を下げた。


「あ、私はユラです。ユラ・ハナゾノ。それより、あの……さっきの連中、なんだったんですか?」


 少し言いづらそうに問いかけると、サクラコさんは一瞬だけ目を伏せた。

 そして、観念したようにぽつりと話し始める。


「……夫に、売られそうになりました」

「……は」


 思わず間の抜けた声が出た。


「借金があるらしくて……その、返せない分を……私で」


 言葉を選びながら、それでも隠しきれない震えが混じる。


「最初は……ただの口約束だと思っていたんです。でも、気がついたら……話が進んでいて……」


 ぎゅっと、自分の腕を抱きしめる。


「逃げたんです。……怖くて」


 静かに、でもはっきりとした言葉だった。

 店内がしんとする。

 ハヤミさんの表情が見るからに険しくなる。女の敵という存在だからだ。


「最低……」


 ぽつりと吐き捨てるように言った。

 殿下は何も言わず、ただ静かにサクラコさんを見ている。

 俺はどうしていいかわからず、頭をかいた。


「えっと……その……」


 こういう時、なんて言えばいいんだろ。

 大丈夫ですとか、頑張ってくださいとか、どれも違う気がする。

 結局、口から出たのは――――


「……行くとこ、あるんですか」


 サクラコさんは少しだけ目を見開いた。

 そして、ゆっくりと首を横に振る。


「……ありません」


 即答だった。迷いすらない。

 それが逆に重かった。 

 俺は少しだけ視線を泳がせてから、ため息を一つ。


「あー……」


 考えるな。余計な事を考えると面倒になる。

 でも、放っておけるかって言われたら、無理だ。


「……その、えっと」


 頭をぽりぽり掻きながら、ぶっきらぼうに言う。


「ウチで働きますか?」


 苦笑しながら訊ねた。


「……え?」


 サクラコさんがぽかんとした顔で固まる。


「その……食堂やってるし、人手は……まあ、あっても困らないです」


 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。


「住むとこも、二階空いてるし……」


 ぼそぼそと付け足す。

 沈黙――――。

 数秒遅れて、サクラコさんの目にじわっと涙が浮かんだ。


「……い、いいんですか……?」

「え、あ、いや……その……」


 なんで泣いてんだろ。

 こっちが焦っちゃうなぁ。


「無理なら無理って言っていいです……!私、厄介事をしょい込んで――」

「別にいいんですって!」


 思わず声が大きくなる。


「……その、ウチは元々ワケあり多いし」


 ちらっとバイト戦士達を見ると、全員そっと目を逸らした。


「今さら一人増えても変わらないし、万年人手不足だから助かるというか、ありがたいです」


 適当な理屈をつける。

 サクラコさんはしばらく呆然としていたが、やがてぐっと唇を噛んでから、


「……よろしく、お願いします」


 深く、深く頭を下げた。


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