42.生身勝ち
「絶対、助ける!!」
俺は一歩、踏み出す。少しは迷いがなくなった。
「……面白い」
魔物が口の端を歪める。
「さっきまでとは迫力がちがうな、勇者様」
踏み込んでくる。
拳は相変わらず速くて油断したら死ぬ。だけど、
「……見える」
半歩だけずらす。
風圧が頬を撫でる。
「なっ……!?」
当たらない。
最小の動きで避けられる。冷静になれば、相手の動きを読める。
そのまま己の剣道の勘と判断で、斬る――!
ザシュ。
「ぐっ……!」
浅い。が、確実に通った。
「……少しは実力を出してきたな」
魔物が笑う。
その目はわずかに揺れている。
今の攻撃で、少しは結界が乱れたはず。
結界がこの魔物自身と繋がっているなら、核もわりと剥き出しになっているはず。
「ハチベエさん!」
「は、はいっ!」
「結界、核わかる!?」
必死に魔法陣を見つめていたハチベエさん。
震える指で空間をなぞる。
「……い、今の状態なら、なんとなくわかりますですじゃ……!」
目を見開いてじっと確かめる。
「核は……三点……!」
「位置は!?」
「左奥……右奥……それと――中央下ですじゃ!!」
「了解!」
破壊するべき核を見つけた。
「やらせるかぁ!!」
魔物が割り込む。全力の一撃がきた。
回避不能かと思われた。
「遅い」
最小動作で紙一重で避ける。
そのまま、懐へ。
「っ――!」
斬撃を喰らわせた。
肉を切る手応えを感じて、今度は深い。
「があああああ!!」
紫の血が流れて、魔物がよろめく。
だが、かろうじて倒れない。
「まだだぁ!!」
相手の暴走で結界の魔力が膨れ上がる。
――まずい。
「勇者様ぁああ!!」
ハチベエさんの声。
「一瞬だけ魔力の暴走を止めます!!」
魔力が迸る寸前、ハチベエさんが手を突き出して結界へ干渉する。
ものすごい圧力に押されているが、ほんの一瞬、魔物の動きが鈍る。
「――今ですじゃ!!」
その声に踏み込み、素早く横に一閃。
魔物の身体を斬りつけた。
そのまま止まらずに核の方へ猛ダッシュ。
「はあああああああ!!」
三点を一瞬で斬った。
パリンッ。
結界が砕ける音がして、透明な刃も音もなく消えていく気配がした。
「……ちく、しょう……」
核が消えて魔物が崩れ落ちる。
黒い魔力が剥がれていく。
「……俺は……」
顔が人に戻る。
「ただ……助けてほしかっただけで……」
その言葉は、最後まで続かなかった。
虚しく崩れ去っていった。
「……終わった」
大きく息を吐く。
膝が崩れそうになるが踏みとどまる。
「みんな!」
ハチベエさんが家族に駆け寄る。
「無事で……無事で本当によかったですじゃ……!」
家族を抱きしめている。
「あなた……!」
「父上……!」
「おじいちゃま……!」
みんな涙が溢れていた。心底安心した顔だ。
その光景を見て、俺はようやく力を抜く。
「……間に合って、よかったぁ……」
ぽつりと呟く。
勇者だからじゃない。強いからでもない。
ただ、助けたかったから助けた。
それだけだった。
でも、一人じゃ勝てなかった。
同じ状況でもう一度やれと言われたら、勝てる気がしなかった。
誰かの協力がないと倒せなかった。
それが心残りで、何も考えられなかった。
外に出ると、ちょうど仲間達も戦闘が終わったところだった。
倒れた魔物の残骸、荒れた地面。
そして――いつも通り立っている仲間たち。
「……終わったか」
ヤマトの声。
その一言で、すべてが片付いたのだと分かる。
「ユラ!」
ハヤミが駆け寄ってくる。
「なにそれボロボロじゃん!」
「……平気。ちょっと苦戦しただけ」
そう言った瞬間、足がふらつく。
「全然平気じゃないでしょ」
「無理をしすぎですわ」
サクラコさんがすぐに距離を詰める。
そっと手を当てると、柔らかな光が広がる。
傷がゆっくりと塞がっていく。
「……ありがとうございます」
息が少しだけ楽になる。
「今回は運が良かっただけだ。次は、そうはいかない」
ヤマトが横から言う。
「ちょっと兄貴、今それ言う?塩対応なんだからっ」
「事実だ」
短い。でも、否定できない。
確かに少しでもズレていたら、終わっていた。
立っているのがやっとで、足はまだ震えている。
でも、倒れなかった。それだけ。
助けられたし、間に合った。
だけど、自分個人として全然嬉しくない。
胸の奥が、ずっとざわついている。
もし、もう少し遅れていたら。
もし、あの一撃を避けられなかったら。
次も守れる保証なんてない。
「勇者様……!」
ハチベエさんが、再び深く頭を下げる。
「このご恩は……決して忘れませぬ……!」
家族も涙を浮かべながらこちらを見る。
助けられた側の安心している顔。
それを見て、少しだけ苦しくなる。
「……よかったですね」
そう言うしかできなかった。
「このままじゃ、ダメだ」
気づけば口に出ていた。
「え?」
ハヤミが振り向く。
「次は……守れない」
はっきりと分かる。
今回は、たまたま間に合っただけだ。
偶然が重なっただけ。
魔王の幹部が相手だったら終わっていた。
「強くなりたいんじゃない」
一度、息を吐く。
「守れるようになりたい!」
勇者の力に頼らなくても、あの程度の魔物などに後れをとらないほど、強くなりたい。
「……なら、やるか」
背後から声がした。
振り向くと、ゴランさんがニヤリと笑って立っていた。
いつの間に、という暇もなく提案をしてくる。
「地獄みてぇなやつを」
「え……」
嫌な予感しかしない。
「今のアンタじゃ、次は普通に死ぬわ。他の子達はともかく、アンタが一番だめね」
カオルさんも煙を吐きながら言う。
「い、一番だめ、ですか……」
「そう。一番弱いわね。ダイゴローちゃんの方がまだ臨機応変に動けるかも」
「っ…………」
はっきり言われて少し傷つくが、その通りなんだろう。
「だから、叩き直してあげる」
「ちょっと待って。それ優しくないやつだよね……?」
ハヤミがすかさず反応する。
「安心しな」
ゴランさんが肩を回す。
「死なねぇ程度には加減してやる」
その言葉の死なねぇ程度が、まったく信用できなかった。
「それ安心できないんだけど!?つまり、半殺しにはなるって事だよね!?だ、大丈夫なのユラ」
「……やるよ」
俺に迷いはなかった。
「……ああ。がんばれ」
そばにいたヤマトが一言だけ励ました。
その目はいつもより少しだけ厳しい。
だけど、厳しい中にある優しさを少し感じた。




