41.人質
怖くないわけじゃない。
けれど、足は止まらなかった。
ハチベエさんの家族がこの奥にいる。
なら――行くしかない。
背後では、ハヤミのハンマーが魔物を吹き飛ばす音、サクラコさんの糸が敵を縛る音、ダイゴローの妖精たちが口汚く飛び回る声、ヤマト銃声が聞こえる。
みんなが道を作ってくれている。
だから、俺は迷わず走れる。
暗い通路の先、魔力が一層濃くなる。
「……いた」
奥の広間に出た。
そこには縄で縛られた人達がいる。
年配の女性、若い男女、小さな子供も。
ハチベエさんの家族だ。
「みんな!大丈夫なのか!」
ハチベエさんが半泣きながらに駆け寄る。
「あなた!」
「父上!」
「おじいちゃま!」
家族が感動の再会を果たす。見たところ、怪我などはなさそうでホッとする。
俺も駆け寄る。
「もう大丈夫です!今縄を外します!」
そう言った瞬間、広間の奥からぱちぱちと乾いた拍手が聞こえた。
「見事だな」
ぞわり、と背筋が冷える。
闇の中から、細長い影が立ち上がる。
気配を全く感じなかった。
「勇者一行がここまで早く来るとは想定外だ」
人間のようで、人間じゃない。
口元だけが異様に笑っている。
「だがよ――」
影が不気味にゆらりと揺れる。
「人質を助けたいなら退けてみろよ」
嫌な気配が広間いっぱいに広がった。
影が徐々に形を成して、人型のようになる。
「ふふ、勇者はお前か」
「っ、そうだよ。その人達は関係ない。だから解放しろ」
一歩前にで出る。
「ふふ、ふふふ……貴族の犬が、よく言う……!」
顔が歪む。怒りと憎悪でいっぱいと言わんばかりだ。
「俺たちは……生まれが平民というだけで踏みにじられてきた。なのに……あいつらは……!」
魔力が膨れ上がる。どんどんとめどなく。
「のうのうと生きてる!!」
バチッ。
空気が弾けて、身体が変異する。
皮膚が黒くひび割れ、目が濁る。
「お前が助けるのは、助ける価値がある者だけだろ?平民が泣いても、誰も助けない。なのに貴族が泣けば、勇者様が飛んでくる。実にわかりやすい差別だよな」
魔物は笑う。惨めだと言わんばかりに。
「だが、この力をくれたのは魔王軍……!」
見た目は完全に魔物だ。
手遅れなほどに異形の存在に変わってしまっている。
「これで……全部壊せる!!」
ドンッ。
床が砕ける。とても強い力だ。
「楽しませてみろ、貴族の犬!」
相手は後方を見る。ハチベエさんの家族がいる方を。
口元が笑っているのが不気味で、よく見たら魔法陣が発生している。
「……あれはっ」
「おっと近づくなよ」
男が歪んだ笑みを浮かべる。
「一歩でも踏み込めば――爆発する」
地雷結界だ。
学校で習ったが、あれは魔族のみが使う禁術の一つ。
人質の周囲を囲むように展開されている。
「……っ」
迂闊に近づけない。爆発させてしまう。
「時間もないぞ。数分後にはあの世行きだ」
魔物が嗤う。
「俺を倒せば、解除されるかもなぁ?」
最悪な展開だ。
「……勇者様」
後ろから声。
ハチベエさんだった。
「わたくしが支援いたします」
「でも――」
「わたくしは元宰相ですじゃ。これでも若い頃、魔法の天才と言われてきた身」
一歩、前に出る。震えているのが見えた。
でも、逃げずに立ち向かおうとする意志がある。
「わたくしは魔法の解析は得意な方ですじゃ。もちろん地雷などのモノも」
「……!」
「結界を壊す核を探し当てます。どうかその間に――」
強い覚悟をもった瞳で見つめられる。
「倒してくださいませ」
「……わかった」
こちらも頷く。
なににせよ、生きるか死ぬかだ。もう後戻りはできない。
「任せて」
魔物が地面を蹴って動いた。
「遅い!!」
高速の突進がきて、なんとか剣で防ごうとした。
ギィイイン。
攻撃は弾かれる。下手をすれば折れていた。
「ははっ!その程度か!!」
「……っ」
それから次から次へと突進を繰り返してくる。
強いが、幹部ほどじゃない。
でも、切羽詰まる。
「時間がない……!」
ハチベエさんが向こうで結界を見ている。
「ここ……いや違う……!いや、あれは……うーん」
魔法陣の形や魔力の流れを見ては焦りが出ている様子だ。
「うう……複雑すぎる……!」
とても難しい術式らしい。
「……っ」
だめだ。こちらも集中できない。
人質、結界、時間制限。
全部が頭に入ってきて、いつものような感覚にならない。
「くそ……!」
光が、うまく集まらない。
覚醒へ繋げられない。
「どうした?」
魔物が嗤う。
「さっきの勢いはどうした、勇者様」
「……っ」
焦る。焦れば焦るほど、力がまとまらない。
「ははっ!!集中力を欠いているな!」
ドンッ。
瞬時に間合いに入られて、腹に拳がめり込む。
「がっ――!!」
壁まで吹き飛ぶ。
衝撃に肺の空気が抜ける。
「ぐ、ぅうっ……」
壁に叩きつけられた衝撃と、みぞおちの激痛に立てない。
げほっと、血を吐いた。
「所詮はその程度だ」
ゆっくり近づいてくる。
「勇者の力がなければただの人間」
「違う……」
否定しようとする。
「だってそうだろ?」
遮られる。
「お前は使われる側だ」
一歩。
「勇者なんてものはな」
さらに一歩、近づいてくる。
「都合のいい道具なんだよ」
目が細くなる。
「王家の、な」
「……っ」
胸が軋む。
「貴族の犬が」
再び拳が飛んだ。
またもや叩きつけられる。
「がはっ……!」
吹っ飛んだ先に追撃と連撃。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
容赦がない。こんなにも暴力を浴びた事がなくて、苦しくて痛くてたまらない。
さらに痛みや衝撃でトビそうになる。
「どうした?こんなものか?勇者様よォ!!」
最後の一撃に宙に吹き飛んで天井が見えた。
そのまま地面を転がる。
もう動けない。体が言うことを聞かない。
瀕死の重傷の痛みってこんな感じなんだ。あの世が見えてるかも。
「勇者様……!」
ハチベエさんの家族の声が聞こえる。
震えている。泣いている。助けを求める声が耳に入り続けている。
ごめんなさい。こんな情けなくて。
こんなのが勇者でごめんなさい。
「……いい顔だ。さて、おまけだ」
魔物が笑いながら指を鳴らす。
ぱちん。
ぞわっ、と空気が変わる。
「……っ!?」
人質の周囲に、何かが増える。
見えない。
だが、確実にある見えない異物が存在し始めた。
「追加の罠だ」
魔物が楽しそうに言う。
「動いてみろ。少しでも触れれば――」
空をなぞる。首元を。
「切れるぞ」
透明な刃が、空間に無数に配置されているという事か。
なんてホラーみたいな罠だよ。
「そ、そんな……!」
家族のみんながガタガタ震えている。動くこともできない。
すぐ数センチ先には見えない刃が迫っているかもしれないのだ。
「逃げ場はないぞ、ふふふ」
魔物が嗤う。
「時間もない。さてどうするぅ?勇者様」
わざとらしく煽ってくる魔物。
「守れるか~?」
やっぱり動けない。体が重い。息が苦しい。
頭の中で、諦めの声がする。
もう無理だ。間に合わない。
俺は、弱い。
「……うう、ちく、しょう……」
握る手は震える。
「……弱いな」
ぽつりと漏れるその言葉が心を抉る。
その通りだ。心も体も弱い。
「勇者の力がなきゃ……何もできないじゃないか」
本当に情けなくて、不甲斐なくて、無力だ。
『それでいいのか?』
誰かの声がする。
いや――違う。
自分の中にいるもう一人の自分だ。
「……っ」
歯を食いしばる。
視線が、上がる。
震えている家族が、指先すら動かせずに必死に耐えている。
「このままでいいわけない……っ」
ゆっくり体を起こす。
ふらつくが、それでも――立つ。
「勇者だからじゃない」
自分に言い聞かせるように呟く。
「助けたいから、助けるっ!」
光が――今度は自然に集まる。
「それだけだ!」
静かに、だが確実に、空気が変わる。




