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訳アリ食堂店員、勇者になってしまう〜学園の嫌われ者がイケメン英雄になるまで〜  作者: はえたたき


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14/31

14.覚醒

 沈黙が続いた。

 俺と殿下の間に張り詰めた空気。

 言葉を選べば壊れそうで、選ばなければもっと壊れそうだった。

 どうしようかと考えていたら、その時―――


「ユラ……っ」


 振り向くと彼女が、ハヤミさんがそこに立っていた。

 その姿だけで胸が痛くなる。


「ハヤミ……様」

「様はいらないよ。それよりさっきの……」


 ハヤミさんが弱々しく躊躇った様子でこちらを見る。

 その目は怒っていない。傷ついているだけ。

 責められた方が、どれだけ楽だったか。


「さっきのは……」


 声が少し震えている。


「本気なの?」


 俺は言葉を詰まらせる。

 違う、と言えばいいだけなのに、それだけなのに声が出ない。


「ねえ……」


 一歩、近づく。


「なんで、あんなこと言うの」


 さらに一歩。


「私……」


 唇を噛む。

 いつもの勢いはどこにもない。


「ちゃんと仲良くなりたかったのに」


 ぽつりと、零れる。


「ただの遊びじゃなくて、ちゃんと……ちゃんとユラと仲良くしたかった」


 夜風がさあっと吹く。

 誰もすぐには言葉を返せない。

 その言葉だけがやけに重く残った。


「こんなあたしじゃ……」


 視線が少しだけ揺れる。


「だめかな」


 笑おうとしてうまくいかない。


「うるさいし、しつこいし、距離近いし」


 自分で言って、自分で少しだけ傷ついている様子の彼女は、けな気で可愛らしく見える。


「やっぱ、いやかな」


 胸がぎゅっと締め付けられる。

 だから、すぐに言葉を振り絞って口を開く。


「ちが――」


 ぞわり。

 途端、空気が一転した。

 背筋に冷たいものが這い上がる。

 まるで何かに見られているような、そんな感覚だ。

 息が詰まる。

 頭痛すらしてくる重苦しい雰囲気で、さっきまでの感情が一瞬で塗り潰される。


「あーあ」


 頭上から声がした。

 ぞくりとするような女の声だった。


「この辺に勇者の気配がするって聞いたんだけどさぁ」


 ゆっくりと影が落ちる。

 月明かりを遮るように、三人は上を見上げる。

 そこにいたのは、黒いドレスと黒い気配を纏った赤い髪の女。

 木の上から薄気味悪く笑って見下ろしていた。


「もしかして……」


 じっとこちらを見る。

 値踏みするみたいに。


「……あのデブなわけ?」


 一瞬の沈黙。


「うっわ、まじありえな~い!うそでしょぉ~!」


 心底嫌そうに顔を歪める。


「どう見ても勇者って顔やスタイルに見えないじゃない。醜い熊か相撲取りにしか見えないわ」


 女は指をさして嘲笑している。

 言葉が容赦なくてグッサリ刺さった。

 途端、ハヤミさんの表情が一変。


「……あん?」


 ハヤミさんの睨む顔。

 殿下もすっと前に出る。

 女はくすくすと笑い続ける。


「まあいいわ。本物かどうかは試してみればわかるし」


 指を軽く振ると空間が歪む。次元の裂け目のようなものが現れ、そこから邪悪な瘴気を漂わせた魔物が数匹飛び降りてきた。地面に着地した瞬間、低く唸り声を上げる。


 次の瞬間、こっちに来ると悟る。

 黒い影が一斉にこちらへ飛びかかってきた。


「……っ」


 体が、動かない。

 さっきまでの会話も、痛みも、血の気が引いて全部吹き飛ぶ。

 ただ、死の気配だけが目の前にある。


「ユラ!!」


 叫びと同時に体を引かれて、抱きかかえられる。

 そのまま逞しい胸に挟まれて視界がぐるぐるまわった。

 思ったより衝撃が軽かったのは、庇われたから。

 

「っ……!」


 衝撃が収まった先には、脇腹の血が見えた。


「殿下!!」

「……大丈夫だ」


 低く吐き捨てるように言う。


「こんなもの……かすり、傷……」


 そのまま殿下は崩れ落ちた。

 地面には鮮血が広がっていく。

 それなりな出血量で蒼褪めた。

 あのままじゃ……と、切羽詰まる暇もなく再び魔物が唸って、間髪入れず二撃目がきた。


「くっ……!」


 ハヤミさんが近くの棒を掴んで二撃目を受け流す。


「ふざけんなぁっ!!」


 そのまま振り抜いた――――が。


 ガキンッ。

 逆に硬い皮膚に弾かれた。


「――っ!」


 ドォン。


 突進した魔物にハヤミさんの体が吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられる。


「が……っ!」


 ずる、と崩れ落ちて気を失った。

 その様子をサキは笑っていた。


「普通の人間が勝てるわけないじゃない。それなりに結構な強さの魔物よ?やっぱり、つまんない」


 その女の髪がゆらりと動く。

 次の瞬間、恐ろしい長さに一気に伸びた。

 赤い髪が蛇のようにうねりながら俺へ絡みつく。


「ッ……なにこれっ、あ!」


 シュルシュルと全身に巻きつき、そのまま締め上げられる。


「うぐ……っ、く……!」


 呼吸ができない。

 締め付けがどんどん強くなる。


「うご、け……ない……!」


 女がゆっくりと見下ろす。

 二人は気を失ったままだ。


「勇者だなんてやっぱり嘘くさい」


 冷たい声。


「デブなうえにノロマで、他人の助けを借りてる」


 女はくすくす笑う。


「ダッサ。そんなんでよく生きてられるわね。あたしだったら死にたくなるわ」


 胸がぐさりと抉られる。


「まあ、所詮気配だけかもしれないし、デブじゃなくてそっちの顔のいい王子様が勇者かもね」


 ちらっと殿下を見る。どう見ても瀕死状態だ。


「こんな顔のいい男を殺すのは勿体ないけど、勇者と疑わしき者は殺せと命じられてるの。だからどっちでもいい」


 指を軽く振る。


「全部殺せば手っ取り早いわ」


 魔物が、再び突進しようと狙いを定める。

 狙いは殿下とハヤミさん。

 死にかけの二人に、無情にもとどめを刺そうとする。


 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


 声が出ない。

 体も動かない。

 何もできない。

 なんて情けないんだ。

 悔しくて自分が無力の無能すぎて、涙すら出てくる。


 まだ、ちゃんと謝ってないのに……。

 せっかく二人は俺のために……。


「いや、だ……でん、か……はや、み、さん……っ」


 まただ。

 また俺は守られるだけ。


 胸が、焼ける。

 視界の端で、血が見える。

 庇って傷ついた殿下と勇敢なハヤミさん。

 全部……全部自分のせいだ。


 魔物がとどめを刺そうと襲い掛かる。

 腕の鉤爪が迫る。


 やめろ。やめてくれ。殺さないで。

 二人を俺から奪わないで。

 やめて。やめて。やめて。


 魔物の腕が振り下ろされる。


「やめろおおおおおおおおッ!!!!」


 魂の叫びが、空気を裂いた。

 途端、わずか一瞬の刹那――――殿下の懐のネックレスが光の早さで消えた。

 一瞬で自分の胸元にそれはあって、光が迸る。


 ドォン。


 落ちた光の雷は、一直線に魔物を貫いた。

 二人を襲おうとした一体が、跡形もなく消え去った。



 *


「なっ……!?」


 女が目を見開く。

 ネックレスの光が、さらに強くなる。

 拘束していた髪が、じりじりと熱で焼ける。


「熱っ、なによこれ」


 悪意が解けたように、次々にほどけて髪は崩れていく。

 光がさらに溢れる。

 ユラの体を中心に、柱のように天へ伸びる。

 あまりに眩しすぎて目を開けられない。

 

 この瞬間は、遠く城の上でも、街の中でも、この国のほとんどがそれを見上げていた。


 そして、光が収まる。

 そこにいたのは、もうさっきまでのユラじゃなかった。


 黒髪が風に揺れる。

 黄金色の瞳が静かに光る。

 均整の取れた引き締まった体。

 凛とした立ち姿。



「……なにそれ……。さっきまで、ただのゴミだったくせに」


 女が呟く。


「守る……」


 ユラであった美青年が呟いた。


「殿下も……ハヤミさんも……」


 静かに、でも確実に言葉を重ねる。


「俺が、守る」


面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

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